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風になれ! 浜崎あゆみのシッポの秘密 妖精と・・・魔法と・・・現代

風になれ!

風になれというタイトルの由来は脚注1をご覧ください

00 
浜崎あゆみの人気の秘密

00.01 
浜崎あゆみ以後、美人の基準が変わっちゃったね

私が以前に勤めていた会社の会長と何気なしに話していたときの話題です。会長は当時でもう60歳くらいでした。

「で、かるばどすくんは最近何が気に入ってるの」
「浜崎あゆみですねー、ご存知ですか?
 浜崎あゆみを再生するためにオーディオシステムもだいぶ影響を受けちゃいました

ちなみに会長も私と同じオーディオの趣味です。会長は真空管が好きで、私はデジタルアンプですが・・・

「おお、浜崎あゆみか・・・私はあの子の音楽を聴いたことはないけど、あの子は凄いよね。あの子以前とあの子以後ではさ、美人の基準が変わっちゃったじゃないか・・・昔はね、吉永小百合みたいのが美人でね、だいたい決まりがあったんだけどね、あの子以後は、あの子が美人の基準になっちゃったような気がするね」
「なるほど、言われてみると確かにそうですね、いやあ、会長は見てる点が違いますね」
「この年になるとね・・・」

この小タイトルは、その会長の言葉そのままです。
重要なのは、浜崎あゆみが美人であるか否かというよりも、浜崎あゆみがなぜこれだけ受け入れられているのかということだと思います。私自身も浜崎あゆみのファンであると公言していますが、自身がなぜそれだけ受け入れられるのかについて説明することができる年でもあるので、このサイトで最も深い説明を、このコンテンツで行おうと思います。
実は、書こうと思ってから、より7ヶ月、もっとも作成に時間がかかったコンテンツですが、どのように受け止められるかは、ちょっとわからないと思っています。ここで述べる内容は、ちょっと「濃過ぎる」からです。また、恥ずかしくもあります。私自身のものの受け止め方、考え方をそのまま説明するものでもあり、赤裸々でもあるからです。
このコンテンツで述べていることを一言で述べると以下のようにまとめることができます。

浜崎あゆみを理解することは
現代の無明の闇の深さと
そこにやがて現れてくる一条の光を知ることです

かなり長文ですし、インテグラル・セオリーのようなご存知ないような概念も登場しますが、できる限り読み物としてまとめてみましたので、最後までお読みいただければと思います。

00.02 
幅広い浜崎あゆみの支持層

浜崎あゆみには、かなり広い支持層があります。年齢的にも幅が広く、私の知る限りでは60歳代から若年層に至るまでの支持があります。マスコミが説明するようなファッションリーダーとしての意味から支持を受けているとはとても考えられません。なにしろ、新宿や銀座のクラブで、いい年の男性が気持ちよく浜崎あゆみを歌っていたりするのです。ホステスさんたちも驚いているくらいです。
デビューしてそれほどの時間が経過していないにもかかわらず、単なる?ベストアルバムに過ぎない「A BEST」が累積425万枚も発売された理由は、そのような支持層の広さを示しています。
ただ、それだけ売れているアルバムがあるにもかかわらず、浜崎あゆみの支持層は、マスコミが行う表層的な分析手法では、その性格を説明しきれていないようです。しかも、支持層にはアルバムの購入につながらない人も多く、一般的な統計分析対象は支持層と、とても一致しているとは言い難いと感じています。
音楽評論家はさすがで、そうしたギャップに対して気づいてきており、浜崎あゆみの持つメッセージが支持されているのではないかと説明する人も多くなってきました。近年では尾崎豊と同じようにカリスマ的な存在として説明しつつあるようです。
実は、私には浜崎あゆみの意味を理解できないでいるこうした状況が、ちょっと滑稽に感じられています。私から見ると、人気が出て当然の構図になってるからです。しかし、そうした構図の意味を理解できないでいる今の状況にこそ、現代日本、そして現代社会における問題点が表出しているのではないかと思うのです。
浜崎あゆみの人気の秘密は、たった一言で述べてしまうと、そうした現代において欠落している点を浜崎あゆみの音楽が突いているからなのです。この現代において欠落している点は、直感的には多くの人が理解しているのですが、現代における基本的な思考パターンに内在されている欠陥のため、理解しにくくなっており、そのために浜崎あゆみの音楽を受け止めることができる人とできない人を分けてもいるようです。
もっとも、音楽の受け止め方には、より様々な側面があり、ここで説明するような観点だけでは音楽そのものを理解するにはちょっと不足があるのですが、ここで説明する観点は多くの人が現代において忘れ去ってしまった、しかし、大切な観点だと思います。
この忘れ去ってしまった観点を説明するために、人の認識というものについての整理と説明をしています。ただ、読んでいてつまらないかもしれないので、まず読み物風に、私がどのように浜崎あゆみを受け止めて行ったかをそのままご説明したいと思います。この説明には、意図的に専門用語が無くならないように書いています。気にしないで読んでみてください。その意味は、02,03と読み進むことにより明らかになります。

これからの説明はインテグラル・セオリー理論の中心的論客であるケン・ウィルバーの説明方法と論点を流用しています。その理由については、Appendixをご覧ください。


次章 01 さて、いきなり、本論! へ

脚注1

アルケミストというベストセラーがあります。そのクライマックスのシーンからこのタイトルをつけました。
「少年は大いなる魂に到達し、それが神の魂の一部であることを知った。そして、神の魂はまた彼自身の魂であることを悟った。そして、一人の少年が、彼自身が、奇跡を起こすことができると、知ったのだ。
その日、シマム(砂漠の激烈な嵐)はかつてないほど吹き荒れた。その何幾世代にもわたって、砂漠の最強の首領に挑戦して自分を風に変え、軍隊の野営地をほとんど破壊した少年の伝説を、アラブ人たちは語り伝えることになった」
(「アルケミスト」パウロ・コエーリョ著 山川紘也、亜希子訳、地湧社、P184-5より)


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