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徒然酒 四方山ウェアハウス
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徒然酒(つれづれざけ)
2004/04/24 No.0290

飲んだお酒 ありません

「新造映画」CHASSERNは、DVDにするときにリメイクして欲しいな

■ 実は、紀里谷さんは、気に入っていたのでした

今年は、映画が不思議な展開をしている年です。
アメリカで、アメコミが映画になることが流行ったためか、日本でも、マンガやアニメが原作の映画が、目白押しだからです。テレビでも、エースをねらえ!が実写化されましたし、キューティーハニー、デビルマン、忍者ハットリくん、そしてこのCHASSERNです。どの作品も、原作は私の世代が若い頃の作品です。
おそらく、私の世代が制作決定をしているのではないかと、時々思います。世の中、自分の大切なものを、形にして表現したいものです。で、その記憶は、世代ごとに違うはずで、私の世代の記憶にあうものが、多いのかもしれません。
そう思ったのは、CHASSERNのパンフレットを見ていて、主人公をした人物達が、アニメのキャシャーンを見たことがない・・・と述べていたからでした。そりゃそうだろうとも、思いました。
私は、テレビでも見ていましたし、OVAもLDで持っています。ですから、キャシャーンは、私の世代からすると、ぴったりしてしまいます。
で、監督の紀里谷さんは、気に入っている人でもありました。宇多田ヒカルの映像は、なかなかいいセンスでしたし、なによりも、私の印象は、壊れかかった宇多田ヒカルを助けてあげた人・・・というものがあります。それは、ちょっと変わった印象と思われる方もあるかもしれませんが、私の知り合いや友人は、同じような印象を抱いている人、多い気もします。そして、それはなかなか、出来ないことだと思います。
で、そんな人の作った作品なら、見てみるといいかなーと思っていたのでした。率直なところ、キューティハニーやデビルマン(さすがに忍者ハットリくんは劇場で見たくない・・・(^^;)よりも、見てみたいなーと思いました。
試写後の話題は、ちょっと聞いていましたが、あまり気にする方ではない私でした。
今日は、そんなCHASSERNの初日・・・どの劇場かと調べてみたら、1.5流の映画館が多く、ちょっと驚きました。テレビであれだけ宣伝しているので、もうちょっといい映画館で上映していてもいいと思いました。で、どの映画館も小さいので、混みそうだなーと思い、人気がなさそうな映画館として、平和島を選び、電話してみました。

「すいません、CHASSERNの席はありそうですか?」
「はい、大丈夫です」

で、平和島の映画館に行くことにしたのでした。
行き際に、車の中でちょっと思っていました。

「そういえば、赤い眼鏡は大森で見たなー、あの時は、上映館は数館だけだったなー・・・赤い眼鏡を見たときは、押井守は面白いと思ったけど、なにを作っても同じになる人とは、当時は思わなかったなー・・・」

■ 平和島に映画館ねー

ずいぶん昔ですけど、平和島の開発センターに勤務していた時代があるので、そんなにわからない場所ではありませんでしたが、映画館が競艇場のところに併設されていたことは知りませんでした。
行くと、昔には、立体駐車場であった場所に、ドンキホーテとか、ゲームセンターが出来、さらにシネマ・コンプレックスが出来ていたのでした。
映画が始るまで時間があったので、少しゲームセンターで遊んでいました。
映画館は、初日の初回で平和島だからか、10%くらいしか座っていませんでした。まあ、30人くらいですかねー・・・。丸の内東映パラスでは、監督挨拶時に満員であったそうですから、私の映画館の選択のためでしょう。

平和島シネマサンシャインにて
3Fのゲームセンター@
3FのゲームセンターA
チケット売り場と軽食売り場
食べ物の種類は・・・少ないです
CHASSERNのグッズ売り場

■ 新造映画CHASSERN・・・

メトロポリス 都市のシーンより
ES細胞
胚性幹細胞・・・全身の細胞になることができる細胞で、
将来の移植医療において主役になると思われています

映画がはじまり、絵柄を見ていて、いきなり思いました。
この絵って、まるっきり、メトロポリスっぽいんだ・・・。意図的なのだと思いますが、1920〜30年代風です。絵のテイストは、昔の日本のアニメで流行った、レトロ風巨大機械という感じです。馴染み深いというか、ありふれているというか・・・。
なによりも驚いたのは、絵のノイズが多いことでした。はじめはワザとなんだろうなーと思っていのですが、ノイズのないシーンがあまりにも短く、ひょっとしたら、制作費の関係で解像度を意図的に落としているのかと思ったりもしました。精細な現代の絵に耐えられる品質のCGを作ると、もの凄いコストが必要です。ですから、テレビ映画並みに品質を落としているのかなーと思いました。そのままでは困るので、デジタル処理をして合成しながら、アナクロ映画のイメージにしているんですかねー。
もっとも、私には気になる点ですが、大切な話題でもないので、そうした絵柄の気になる話はおいておきたいと思います。
実は、この映画は見始めて、すぐに困ってしまいました。結構、映画好きな私ですし、B級、C級映画も好きです。ですから、大抵は楽しんでしまうのですが、CHASSERNは、はじめからずっこけてしまったのでした。
公害に犯され、奇形が社会の多くを占めようとしている時代、という設定で、「今時そうした設定ってへんだなー」と思いながらも、まあいいやと思い直したところで登場してきたキーワード、どのような組織にもなることが出来る「新造細胞」という話題が出て、ずっこけてしまったのです。

「それって、まるっきり、ヒトES細胞のことじゃん・・・どこがSFなの・・・????
まさか、ES細胞のことを新造細胞なんてわざわざ言い換えるの・・・???」

もともとキャシャーンとはロボットであったのですが、現代ですから生命科学的な設定になることは悪くないと思いますけど、SFなら、もうちょっと考えてもらいたいものです。
その上、細胞の研究をしている研究所は、血色のプールに体のパーツがばらばらに浮いています・・・CGパーツのように・・・設定と場面が乖離しすぎてないかなー・・・というのが本音でした。
そうした中で、突然誕生するのが新造人間・・・なんですよね。
唐突で、わかりにくいような、わかりやすいような・・・。
途中の描写も、フーンと思います。
第七区で殺戮を続ける軍・・・最後に謎解きがあるのですが、国家のためという大義名分の下に続く殺戮・・・そのシーンは、設定があんまりにも、平凡でした。なんか、昔の出来の悪い戦争映画みたい・・・いまさらそんな描写を受け入れるのかなー、人は・・・と思いました。絵は、とてもセンスがいいのですが、画質は悪いまま・・・1920年代の映画みたいな画質のまま進みます・・・VHSのビデオを見ているみたいでした。
ヒトの姿が死んだ後も霊としてそのまま登場しているシーンとか、SFというよりも、ロマン映画でした。

「ふーん、SFテイストのロマン映画なんだー」

こうしたシーンが冒頭から始っているので、最後のシーンでも、「あなたは生きているの、死んでいるの」と質問したくなるシーンが続きます。別に、悪いわけではないけど、歯切れはよくない。
絵、そのものは、さすが紀里谷さんで、決まっているのですが、制作費の関係で場面の数が少なく、「あ、またこの背景」とか思いながらも見ていました。カット割りでいくらごまかしても、同じカメラアングルでにたシーンが繰り返し出ると、覚えてしまいます。ハリウッドのどうしようもない映画でも、これはしないでしょ・・・。昔の日活が最低の時代の映画作りみたいでした。

サグレー (佐田真由美)
この映画で、カッコイイので、気に入りました
これで修羅雪姫みたいなシーンがあればね・・・(^^;
修羅雪姫釈由美子は見た目では佐田真由美の比になりませんが、格闘シーンは比較にならないくらい美しく描かれています。格闘専門の監督の力は、凄いですよね
紀里谷氏は人が集うということの意味を理解しないといけないかもしれません。あゆを見習いなさい・・・。
メトロポリスより
なんとなく、キャシャーンの巨大ロボットのシーンはカリオストロの城のシーンに似ていたような気もしちゃうけど…最後に針がパチンとあっちゃうんだもの…
伝説巨人イデオン発動編より
コスモとサーシャの魂が、スターチャイルドに導かれて新天地に向うシーン。星々の彼方に光の柱が降り注ぎ、因果を超えた生命の再生が示されて終わります。
CHASSERNは、なぜ同じような作りにしたんだろう?
ついでに言うと、伝説巨人イデオンのカンターテ・オルビスがかかるこちらのシーンの方が、美しく、感動的・・・

この映画で気に入った、サグレー(佐田真由美)はカッコよかったのですが、サグレーの唯一の見せ場であるはずのキャシャーンとの戦闘シーンは、ちょっとお粗末で、格闘の専門家が入っていないのかなー・・・と思ったりもしました。修羅雪姫のようによく出来た作品を見てしまっているので、時代錯誤にも思いました。
この映画のテーマは、人が戦うことへの様々な思いと、それを超えること・・・に、したいんだろうなーと直ぐに思いましたが、なんか歯車が合いません。
で、見ていて、だんだんと、パロディー映画なのかと思いはじめてしまいました。

アンドロ軍団と人間の軍団の決戦のシーンで、アンドロ軍団の切り札である巨大ロボットには、なぜか時計がついていて、キャシャーンがその針を止めようとているのか、動かそうとしているのか・・・。いずれにしても、時計が12時を指して、大爆発しちゃうのでした。

このシーンはキャシャーンが時計を進めて爆発させたと思う人と、私みたいに時計を止めようとして爆発を止められなかったキャシャーンという、2つの観点があるみたいですね。そして、どちらでもたいした意味のない場面でもありました。絵の見せ場と、戦闘の終結くらいな意味しかないのでした。

シーンそれぞれだけではありません。ストーリーの展開も、なんか知っているものがよせ集められているみたいでした。
最後の方になると、新造人間は実は人間です・・・なんていうのは、「え、最後に起きる正義と悪の逆転って設定は、まるっきり、海のトリトンじゃん」とか、キャシャーンとルナが託す「子供達に」という一番最後のシーンは、設定も絵柄の展開も、もう、まるっきり、伝説巨人イデオン、発動編です。ワザと似せているとしか思えないのでした。
映画の途中から反戦的なテーマが強く出てくるのは、嫌いではないのですが、この映画の設定で反戦というテーマを出すのは、あまりにも無理がありました。
戦争や殺戮を引き起こしているのは、自らの命を長らえたい支配者達が、新造細胞を求めているからで、新造細胞を研究したいキャシャーンの父は、妻を救いたいから・・・。現代の戦争は、それに近い理由から起こされているのでしたっけ・・・(^^?・・・なんか、社会の現状認識が、ないんじゃないの・・・?
でも、こんなナレーションが最後の方に出てきます。

「裁きを下す者よ、あなたは間違っている」

うーん、今の社会に向けている話題を、ストーリーに関係なく出すのね・・・(^^;
でも、この文句には、アメリカの相対主義者が言う論理展開そのままの間違いがあります。
だって、「あなたは間違っている」って、「裁きを下す者」を裁いているこの言葉を語れば、その者も裁きを下す者となってしまうからです。「あらゆるものは対等だ」という言葉を語る人が、その言葉だけは「絶対だ」と思うことと、なんの差もありません。アメリカでは、笑い話のひとつのように語られることがある論理展開・・・まあ、別に、矛盾していて悪いわけじゃないけど・・・説得力が無いなー。
アメリカ暮らしが長いという紀里谷氏は、いろいろな意味で、まったくそうなんだろうなと、妙に納得してしまったのでした。
今度は、壊れかかっている旦那さんを宇多田ヒカルが助ける番かもしれない・・・と思います。
奥さんにお願いです・・・人はパーツから生まれるのではなく、たったひとつの細胞から生まれることが出来ることを、教えてあげてください。この映画のキーワードは、パーツなのかもしれないと思うからです。それでは、足りないんですよね・・・映画の中の新造人間が出来損ないであるのと同じに・・・。
この映画の新造人間が、ばらばらにされた人体パーツから生まれてしまうように、映画そのものも、いろいろなパーツ、寄せ集めの場面と、行き当たりばったりの思想から生まれてしまっている・・・つまり、新造映画だったのでした。その無残なつぎはぎが、映像センスで隠しきれない・・・。生まれたばかりのブライキング・ボスの汚れた姿のままでした。

ちなみに、ブライキング・ボスは、テレビの三枚目の印象ではなくて、かっこよかった。

この映画は、情熱と才能だけでは、物は作れないという典型みたいな気がします。
映画という全体を、ひとつの細胞から広げていったとき、その映画には魂が宿るのではないでしょうか。
CHASSERNを見ていて、いろいろな映画のシーンを思い出したり、ストーリーを思い出したり、その設定には無理がありすぎ・・・とか思うのは、いけないんでしょうけど、私には、難しいですね・・・。
DVDでたら、ちゃんと買いたいと思いますけど・・・、仕舞ったままにしちゃうかも知れない。
この映画で記憶に鮮やかなのは、佐田真由美がカッコよかった・・・ということだったのでした・・・。
画質の大部分はビデオ水準、テーマとシーンは取って付けたみたい、いろいろな意味で、映画という1つの作品と思うには、難しいものがあります。嫌いじゃないけど、雑な印象が多くて、映画というよりも、映像素材集みたいなもののような気もしちゃうのでした。
もうちょっと時間をかけて、リメイクした方が良さそうな気もしますね・・・
DVD化するときに、そうしたらいいのではないでしょうか・・・。


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