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かるばどすの日本文化論…03 マクロスF 虚空歌姫 〜イツワリノウタヒメ〜論 Version 2.0

あと、もうちょい頑張れ〜!!

2010/02/11,12,25 2011/02/27

マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜 について

パンフレットより 映画に登場する二人の歌姫の一人、銀河の妖精シェリル・ノームの 冒頭のライブシーンをフューチャーした絵です。

「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」・・・ご存じない方のために説明すると、アニメ映画です。

「超時空要塞マクロス」という1982年から制作されたアニメの、25周年を記念して制作された、マクロスシリーズの最新作TV版「マクロス フロンティア」を劇場版にした作品です。

TV版「マクロス フロンティア」は、全25話で構成されており、劇場版である「マクロスF 虚空歌姫(イツワリノウタヒメ)」は、第1話〜第7話に相当するストーリーとなっています。ですから劇場版はこの作品でストーリーは、完結しておらず、「マクロスF サヨナラノツバサ」との二部構成として作られることになっています。

とはいえ、「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」は、全体の映像の70%はリメイクされ、ストーリーも練り直されているため、まったく異なる作品となっています。

マクロスシリーズは、海外でもRoboTechシリーズとして知られており、海外で編集した別作品が作られるほど人気がありました。このシリーズのストーリーの特徴は、戦いと文化(歌)の関係を表現していること、ひとつのファンタジーとして、柔軟に練り直しをしてストーリーを組みなおすことが、いえるかもしれません。

マクロスシリーズ以前に、あらゆるジャンルの作品を通じて、戦争を文化的な力で和解させ終結させるという設定の作品は、ありませんでした。

まだ、冷戦が続き、世界が核戦争の危険と直面していた時代は続いているころ、ひょんと登場したある意味でとっても「能天気」な作品が、初代の「超時空要塞マクロス」でした。まあ、人類滅亡が能天気か知りませんが・・・。

このストーリーの展開で、人類は絶滅を逃れますが、地球は壊滅的な打撃を受けます。

「超時空要塞マクロス」の設定の中で、人類と、人類と戦うゼントラーディは、いずれもプロトカルチャーといわれる、すでに滅びてしまった星間超文明が作り出した種族です。ゼントラーディは戦うために、文化を持たず、人類は文化を継承し平和に生きていくために作り出された種族・・・その戦いは、プロトカルチャーの遺跡から発見された楽譜の曲を歌う歌姫リン・ミンメイにより、文化に目覚めた一部のゼントラーディ達の協力で、やがてこの戦乱は調停され、戦いを超えていきます。

それから50年以上が経ち、人類と共にあゆむ事を決めたゼントラーディは、将来の絶滅の危機を超えるため「人類繁種計画」により、銀河系内への移民を進めていきます。

マクロスFの舞台は、そうした背景の上にある、超長距離第25移民船団「マクロス・フロンティア」を舞台にしたストーリーです。 マクロス フロンティアのアイランド1は、全長15Km、高さ2Kmという巨大な宇宙船です。人工的に作られた、地球という設定です。欧米のSF映画でも、こういう設定はなかなかないですね。

マクロス・フロンティアは、銀河の妖精シェリル・ノームが来訪し、そのライブ・ツアーの最終ライブ初日に、バジェラと呼ばれる、人類の指導層がその存在を封印していた、なぞの生物に襲われます。その生物は、戦闘兵器であるバルキリーに匹敵する戦闘力と、自身でデフォールドする能力を持つ、超空間で活動する生物だったのです。

錯綜する謎、そして、人々の生き様・・・マクロス・フロンティアを舞台に、ストーリーは進んでいきます。

超銀河移民船団マクロス フロンティア アイランド1
全長15Km、高さ2Km、人口1000万人以上、1億人以上にまで耐えられる人工の地球です

私は、実のところ、マクロスシリーズは大ファンというわけではありませんでした。 「超時空要塞マクロス」〜「マクロスプラス」まで位は、全作品をLaser Diskなんかで買っていましたが、それ以降は見ていませんでした。

ただ、偶然ですが、「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」を店頭でポスターを見かけ、暇な時に見てみようかな・・・と思い、見てからいきなり大ハマリとなったのでした。

実は、劇場で17回も見てしまいました。

実は、私はアニメファン第一世代…かも!?

私は、映画なんか大好きなほうですが、映画館ではあまり見ないほうです。 理由は簡単、自宅のほうが、絵も音もいいからです。 私にとって、映画館は、人が多くてうるさくて集中できない、席が狭い、絵は汚い、音は気に入らない、という、全然面白くない環境に過ぎません。

ですから、昔でしたらLaser Disk、DVD、今でしたらBlu Rayの発売を、映画を映画館で見ることなく待ってしまいます。

今は、そんな具合ですが、昔は違いました。

映画館の大スクリーンで見る大音量が自宅では楽しめなかった時代・・・まだLaser Diskも作られていなかったその時代は、映画館での体験は一期一会・・・とても大切なものでした。

当時映画館で購入したパンフレット

パイオニア CLD-9000世界初のLD/CD共用機

そんな時代に、私が何回も繰り返し見た映画は、実は多くはありません。 まあ、若いころですから、映画代もままならないということもありましたが、それ以前に1回見ると満足したりしていたわけです。しかし、どうしても目に焼き付けておきたい映画に出会ったのが、1984年に公開された「風の谷のナウシカ」でした。

このころの話題は、かるばどすほふの「オーディオの遍歴01 黎明編」に、こんな風に説明しています。

劇場で「風の谷のナウシカ」を見てから本格的にアニメファンになりました。劇場に13回も通いましたし、私が勤めていた会社にはポスターを張り出し、「風の谷のナウシカツアー」と名づけて、みんなで見てから会食をするという企画すら実行していました。八重洲の事務所の時代でしたし、結構規律の厳しい会社でしたので、今思うとちょっと人からそそのかされた点もあったかも知れませんが、行動力のあったものです。私が13回も通った理由は簡単で、自宅で劇場と同じクオリティで楽しめないと思っており、一期一会として、心に深く刻みたかったのです。

日本のアニメファンと呼ばれるべきものが形成された時は、いつだったのか議論が必要ですが、「宇宙戦艦ヤマト」からであるとしたら、私は第一世代のアニメファンです。放送が始まったとき、私は高校1年生、放送部でしたので、ちっとも世間では知られていない「宇宙戦艦ヤマト」を校内放送で紹介していました(宇宙戦艦ヤマトは初めての放送のときに、人気ありませんでした)。当時、アニメなんか紹介するなという文学部からのいちゃもんに、公然と「アニメだからと馬鹿にしてはいけない」と反論した記憶があります。まあ、教師は寛容でしたが・・・。当時の高校の文学部や新聞部は、学生運動の名残がまだあり、革マル派など大学系セクトに毒されていました。そんな中、ノンポリ(政治的ポリシーがないお馬鹿という意味です)を平気で表に出すのは、ちょっと勇気のある時代でした。

まあ、その後にそうした感覚は一掃され、無気力、無関心、無感動の三無主義と言われるようにもなりましたが

「風の谷のナウシカ」は、私をLaser Diskの世界に誘った作品でもあります。 自宅で「風の谷のナウシカ」を見たくて、私は、ビジュアルの世界に足を踏み入れたのでした。

なにしろ、いまだに「風の谷のナウシカ」の最後のシーンになると、泪でウルウルになってしまいます。

実は、自分がアニメファンであることについて、別に隠していたわけでもないので、逸話もいくつかあります。

その昔、2010年からすると25年位前ですが、ソフトウェアの操作説明を、私の発案でレーザーディスクで作ったことがあります。レーザーマニュアルという名前にして、ずいぶん作りました。一緒に作った仲間は、レーザーディスク株式会社・・・当時パイオニアの子会社で、レーザーディスク発売のための戦略的な会社でした。で、私の勤めていた会社からの発注を受けるために臨時株主総会まで開いて、受注してくれたのでした。

しかし、今から思うと、4〜5億円くらい使ったような・・・

当時の話題を、そのまま紹介しているコンテンツが、徒然酒2003年5月1日にありますので、引用いたします。

Nさん

伝説巨人イデオン

実は、Nさんこそ、テレビ番組全体を1セットでボックス販売するということを日本初でやらかした人です。その作品は、「伝説巨人イデオン」。かの昔、目黒のラーメン屋で始まった話でした。餃子をつまみにビールを飲んでいました。

右の写真はDVD版の伝説巨人イデオンのパッケージ写真です。これはNさんとは関係ありません。Nさんは、レーザーディスク版の伝説巨人イデオンのボックスセットを企画した張本人です。

「ね、かるばどすちゃん、うちでもアニメを出そうということになってさ、意見を聞きたいんだ。悪いけどさ、かるばとすちゃんはリトマス試験紙みたいなところあるじゃない、何年か感覚進んでるから・・・オレはそう思ってるんだ。今、社内でアニメというと、結局わかんないんだ。だから、うちの会社でも権利が取り扱えそうな作品を教えてほしいんだよね」
「う〜ん、それなら伝説巨人イデオンじゃないかな。あれの劇場版がいいと思うよ・・・ビデオはSONYが8mmビデオで出していたくらいだから、版権はなんとかなるんじゃないかなー」

で、後日にあったら、こんな展開になりました。

「サンライズに行ったらさ、SONYが劇場版を押さえたままだっんだけど、TV版は空いていたから獲得したよ」
「え・・・途中で切り上げになった番組だけど、それでもLD6〜7枚になるでしょ。バラ売りしても売れるとは思えないけど・・・」
「そうなんだよ、うちの会社でも猛反対でさ・・・それでね、全話のボックスセットにすることにしたんだ。」
「え・・・」

この前代未聞の、全話を1ボックスで売るという計画は、LDがまだVHDと競合していた時代に、物凄い話題の展開でした。しかし、発売したところ1週間で完売・・・急いで増産となり、大成功を収めたのでした。

私は、当時ボックスセットをくれるというので、待っていてLDの全集は買わなかったのですが、結局もらえるタイミングはなく・・・まあ、売っている会社なのですから、自分から進んで買うべきであったと思います・・・DVDで全集が出来たときには、我先に購入しました。
こんな私ですが、「風の谷のナウシカ」以来、これほどはまった作品は「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」まで、ありませんでした。その間、実に26年・・・なぜここまで気に入ったかを述べても、なんの不思議もないというのが、私の偽らざる心境です。

人により異なる、作品への視点

今は、アニメファン・・・というか、アニメオタクなんて全世界にたくさんいます。 ですから、アニメについて論じているサイトは、とても多いですし、BLOGもたくさんあります。
海外のサイトを見ても、とてもたくさんの情報が溢れています。

ロシアのパレードシーンだそうです

プーチン氏も、マクロスF ランカ・リーの星間飛行で有名な「キラッ!!」のポーズを決めたりして・・・
まあ、冗談ですが・・・(^^) ヨーロッパのサイトで見つけました

いい作品ほど、様々な視点で語られるものです。

ここでは、他のサイトや評論では語られない、別な視点から、作品の魅力を説明してみましょう。 ただ、私もいい加減、大人ですので、マクロスF万歳・・・だけではないお話も展開いたします。

簡単に説明できる、お気に入りのところ・・・

まず、気に入れる点を・・・ 人様の意見も書きますが、私もまったくそう思うという話題でもあります。

ある精神科医の女医さんの感想・・・新しい恋愛関係観と、作品の完成度

私が、あんまり「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」が素晴らしいというので、お付き合いで見る羽目になられた、有名な精神科の病院の女医さんの第一声の感想です。

「いったい、どうやって作るんですか!!こういう作品は!! 信じられないです、映像と音楽の一体感、つながりとか・・・ 男女関係についても新しい形を示していますね!! アニメはほとんど見たことないどころか、映画も見ることなかっんですけど、見てよかったですよ!!」

この方、めちゃくちゃに頭の良い方なので、アニメファンの若い子でも、TV版「マクロス フロンティア」を見たことがない子だと、ついていけない場合がある速いストーリー展開は、全然平気だったみたいです。

「ストーリー展開が速くて、よかった!! とろいの嫌いです!」

とのことでした。

お仕事柄、人間関係観についての観察が深くて、男女間の拘束しない関係のとり方について、新鮮に感じていらっしゃったのでした。

マクロスFは、メインキャラクターが3人・・・シェリル・ノーム(女性)、ランカ・リー(女性)、アルト・早乙女(男性)で構成していますが、実際のところ他のキャラクターもとてもよく描かれていて、マルチ・キャラクターのストーリーとなっています。また、シェリル、ランカ、アルトの三人の関係は、かなり古いタイプの作品とは異なる描かれ方となっています。

左から、シャリル・ノーム, ランカ・リー, アルト・早乙女

この三人の関係はいわゆる三角関係ではなく、早乙女アルトを中心にしたV字型・・・(^^; ふたりに愛を込めて歌い上げられ、焦るアルト・・・両手に華ジャン!!…見てる方も焦ります…。これらの映像は劇場版「マクロスF」ものではありません TV版「マクロスフロンティア」から、関係の説明に適した絵を選択したものです

旧来的な人間関係観では、男女の関係は人としての関係よりも優先する話題が多いのですが、この作品ではアルトが両手の華というか、シェリルとランカの双方とそれほど強い恋愛関係を持ちません。小説版を見ると、アルトもしっかりと異性として二人を理解しているのですが、自制的に教育されているため、しっかりと定めないと行動に移せない・・・という設定です。

この事は、男女間について、旧来の作品によく見られたように、「好きだ〜!!」で社会的なすべてを投げ打つ人のあり方と大きく異なります。性的な事をすべてに最優先させる人物であれば、フロイト的な視点で理解できますが、そうでない人は、その人の価値観に適した世界観による心理学、権威や家庭のつながりを嫌悪するあるとであれば、たとえばアドラー心理学などが適応できます。つまり、適応する心理学が、まったく異なるわけです。

精神科の先生は、そうした人間関係観の違いを敏感に感じて、感想を述べられたのでしょう。

また、理性的な方でしたので、そうした人間関係観の違いよりも先に述べられた話題が、「どうやって作ったのか?」率直な感想であったのでしょう。

音声、効果音や通常の劇伴音楽であれば、映像を作成してから録音(アフレコ)すればみ映像に合わせることが可能です。しかし、音楽を映像に合わせることは、至難です。その昔、「ジャングル大帝」というアニメーションが作られたときは、映像に音楽を合わせるために、映像制作後に作曲、オーケストラによりレコーディングが行われました。とてもではないですが、そうした方法では制作費が莫大になります。

「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」では、音楽の制作が優先され、それに映像を合わせるという、まったく逆の製作工程が行われています。

また、シーンによっては、アフレコ時に歌を録音し直すまで行われており、音楽と映像の統合度がとても高くなっています。

女医さんの素直な感想の背景は、そうした作品としての統合性の高さにあったのでした。

この方の感想のように、見る人の視点により、作品はいろいろな特徴を明らかにされていくものです。 ここたらは、私の視点からご紹介しましょう。

日本らしいCGの完成度の高さ

率直なところ、日本の3DCG技術は、欧米の物真似未満で、お話になりません。 もともと3DCGの技術は、アメリカの軍事関係技術に端を発し、アメリカの映画制作の中で、より発展しました。今のように、3DCG技術が完成してくると、さすがにコスト優先になり、主流はアメリカともいえない時代ですが、いずれにしても、手書きでアニメを書き上げる技術に長けていた日本のアニメでは、その技術は、稚拙です。日本の映画に使われている3DCGを見ると、恥ずかしくなるほどです。

しかし、2Dの世界では、その技術は、日本のほうが進んでいます。2D CGは、手書きのイメージを重視する必要があり、そうした技術では、日本のほうが進んでいると言っても過言ではありません。CGの本質は、人間の感性ですので、アニメを絵として取り扱っていた日本のアーティストたちが、そうした分野で展開するのは当然でした。

特に、ストーリーはじめの、マクロス フロンティアに侵入したバジュラが、ランカに向かい、それを防ごうとパイロットを失ったVF-25に乗り込んだアルトが、弾切れのために危機に陥り、それを救うアーマード装備のVF25が格闘に入るシーンなど、その映像の視点やダイナミックさは、凄まじいものです。

テレビ版では、映像がなにげに端折られているのですが、劇場版では戦闘しているVF25のコックピット内まで描かれていました。

VF-25 形態をロボットに変形して戦闘できます

VF-25の戦闘シーン いずれの写真も、宣材なので、このシーンはありません

欧米の3DCGは、スーパーリアルを目指します・・・理由は、簡単で、3DCG技術というものの本質が、実在するものの外見上のシミュレーションであるからです。また、3DCG技術は、3D映画に最適です。3D映像は、カメラによる撮影よりも3DCGによる実現のほうが、はるかに容易で、美しく出来るからです。

2DCGは、絵画を目指します・・・理由は簡単で、2Dでは、実在するものを表現できるはずはないからです。ですから、必然的に、その表現は絵画的なデフォルメと明確化が行われます。3DCGとは、まったく異なる目標をもっています。

Avaterより・・・ 3DCGの目指す絵の違いが、比較すると行くわかると思います

2D、3Dいずれも、別な表現技術であり、比較すべきものではありません。 今後、3D映画では、3DCGが主体になるでしょう・・・しかし、それ以外では、2Dの方がより意味が深いかもしれません。

制作者によると、CGデータの使い回しが出来るので楽かも・・・と思いながら、全体の70%が再作成/新規作成されたのこと・・・続編である「マクロスF〜サヨナラノツバサ〜」は、100%新作となる予定です。

日本の音楽との一体感・・・

すでに説明しましたが、この作品の大きな特徴に、音楽との統一的な作りが高い完成度にある・・・という点があります。もともと、音楽のポジションが高い位置にある、マクロス・シリーズですので、その作り方において、音楽重視があるのは、必然的でもあります。

制作にあたり、強い制約なしに音楽制作が先行、そして、作品が作られました。 TV版ですらそうであったわけですから、劇場版は、さらにその完成度が高まっています。

音楽と映像を、組み合わせる難しさは、大変なものです。 もともと、TV版で音楽とあわせて作り出されながら、さらに、マクロス・シリーズ特有の、再構成がまた劇場版で行われています。その結果、音楽との一体感は、ミュージカルの比ではありません。なにしろ、音楽シーンとその他のシーンが、不可分なのです。

音楽を担当しているのは、菅野よう子・・・マクロス・プラスの際にアニメ音楽にデビューし、広範な作品を手がけていることで知られている、マクロス・シリーズとは切っても切れない、作曲家/音楽家です。私も、はじめて知ったときにアルバムを一生懸命買い揃えたものです。いろいろと有名な作品を担当してます。たとえば、攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEXなんかも、音楽は菅野よう子です。多くのCM曲も作成しています。

世界的にファンが多い、攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 音楽は、菅野よう子

シェリルの歌を担当しているMay'nのコメントなど、とても面白いです。本人がキーが高いと話した曲について、録音時に、菅野よう子は更に高いキーを示して、「あなたのキーはここね!」と・・・で、歌ったら歌えてしまって、本人もびっくり・・・。

音楽そのものについて、監督がどれだけ理解しているのかは、ちょっと不明なところがあります。 銀河の歌姫シェリル・ノームの有名な言葉に、ライブ開始時に叫ぶ

「あたしの歌を聞け〜!!」

というのがあるのですが、録音時に、監督の指示が、

「マドンナみたいに、あたしの歌を聞け〜!!と叫んで・・・」

というものがあったとか・・・ で、May'nは内心

「マドンナはそんなこと叫ばないよ・・・」

と思ったとか・・・。

結構、監督は自分で信じていた狭い範囲のイメージで音楽シーンを理解しているだけで、あんまり実際の音楽シーンは知らなかったみたいです。マドンナのコンサートは、見たことがなかったかも…

もちろん、アニメーション制作のために、制作者たちがすべてを知っている必要はありません。ただ、あまりにもライブにおける音楽シーンの最先端を知らなかったようです。

TV版のコンサートシーンは、どう見ても、テレビで昔やっていた音楽番組に毛が生えた程度に加えて、古臭いロックバンドの、田舎コンサートという感じです。

実は、私はアメリカのロックコンサート、田舎コンサートと思います・・・爺臭いというか・・・(^^;

インターネットでの、TV版「マクロス・フロンティア」関係の発言をみると、「浜崎あゆみのコンサートを見て、勉強したら」などという意見が多々あり、さもあらん・・・という感じです。

劇場版における、シェリル・ノームのコンサートシーンは、凄いです。まあ、三次元的にちょっと高さが変・・・というものありますが、人工重力の重力加速度が遅いということで理解すれば(こうした話題は後ほど・・・)、コンサートの振り付け、設定など、とても、浜崎あゆみの2008年コンサートツアーにどことなく似ていて、よく出来ています。

シェリル・ノームのライブシーン 三次元CGとの合成で公演・・・という設定になっています

別に、だれかのコンサートに似ていても、なんの問題もありません。アニメーション上のコンサートシーンが、スピーカーがあって、バンドをバックに歌うだけでは、まともなコンサートのシーンになるはずもなく・・・バシッと決めたコンサートシーンこそ、この作品の決め所でもあります。

この作品の、音楽のすばらしさは、菅野よう子に拠るところ大でしょう・・・。 そして、その音楽は、天才的な作曲家により作り出された、JPOPS的なものでもあります。

そして、監督は、様々な才能を統べるのに長けており、その結果が、この統一的な完成度となったのでしょう。

率直なところ、ここまで統一的に作り上げられる監督の力量、スタッフの力量は、他に例を見ないものであると思います。

頑張っているSF考証

原作は、スタジオぬえ・・・SFでは有名なので、当然といえば当然ですが、SFの考証がすごく頑張っています。 で、合理的でもあります。

アルトが着装しているのが、EXギア パイロット候補生が使用する、しかし、軍と共通規格のギア

ロボットもののアニメでは付物のシチュエーション・・・なぜか存在している、初めて主人公が操作してうまくいっちゃうという信じられないシチュエーション・・・主人公のひとりアルトが、パイロットを失ったVF-25を、ランカを守るために、はじめて、自身が使用しているEXギアで操作するシーンがあります。

もともと、人が操縦するロボットものの場合で、一番不自然なシーンで、訓練もしないでなんで操作できるの・・・というシーンなのですが、「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」では、EXギアがもともと軍と共通規格という設定です。ですから、強力なVF-25のパワーの感覚がわからず周辺に激突しながらVF-25を操作するシーンなど、さもありなんという考証です。

船殻に被害があると、ゲル状のものが出てきて修復するなど、なかなか気が利いています。

「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」の最後のシーンでは、雪が降るのですが、その理由は、大気が失われたのが原因の、減圧冷却・・・凝っていますよね、設定が・・・。

私が一番感心したのは、人類を襲う、超空間生物とも言うべき、「バジェラ」の設定です。

脳がほとんどないにもかかわらず、知的な能力を持つバジェラ・・・「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」では明らかにされませんが、超光速で伝播するフォールド波のネットワークで、全宇宙で意思を疎通することが出来る、人類とはまったく異なる生物です。壮大な設定に、驚いてしまいました。

卓越した人物像…小沢よ、シェリルを見習え…(^^)

この作品は、人物像について、徹底的に検討されている印象が強いです。 ですから、さまざまなシーンで、「おおっ」というシーンがあります。

以下のシーンは、「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」のクライマックスシーンで、自分の育った移民船団マクロス・ギャラクシーがバジェラの総攻撃を受けていることを知った時の1シーンです。 自分は、これからライブコンサートがあります。 総攻撃を受け、壊滅的な打撃を受けているマクロス・ギャラクシーの話を、マネージャーであるグレース・オコナーから聞きます。

「どうしようもないじゃない、私たちは新統合軍でも、私設軍隊でもないのだから…」

シェリルは、グレース・オコナーを逮捕に来ていたキャッシー・グラスと一緒に来ていたオズマ・リーに言い放ちます。

「SMSの出撃費用はいくら!?」
「銀河の妖精は戦いの女神にもなるってか?」
「やめて、オズマ、罠かもしれない!」
「マクロス・クォーターと一般兵器で一憶二千万クレジット…その他オプション兵器で追加される」
「いい値段ね!、ヴェガのブラックカードよ!、それで足りなければ、次の印税をつぎ込んだっていいわ!」

簡単に説明できない、お気に入りのところ・・・

簡単にできる説明のところは、率直なところ、かるばどすほふでなくても、説明できそう…ということで、かるばどすほふだから説明しちゃう、「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」の凄いところをご説明します。

フツーの解説であれば、キャラクター設定の妙味だとか、さまざまなキャラクターを配して、さまざまなファンに訴求出きる設定、制作に参加しているアーティストたちの能力を縦横に使いこなして創り出す面白さ…なんかを説明すりゃあ、いいのではないかと思います。

しかし、ここでは、制作者たちも意識していない、この作品の重要な点を説明しましょう。

欧米の作品ではありえない、性の感覚

「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」のキャラクター設定は、欧米の作品を基準にすると、異常です…それは、男性らしい男性、女性らしい女性という、プロトタイプ的設定のキャラクターが存在しないからです。

全体の中で最も男らしいというと、マクロスクォーターのジェフリー・ワイルダー艦長でしょう。 この人物、カッコいいことを言ってのける、妻と死別したという設定になっています。なにしろ、こんなことを平気で言ってのけます。

己が翼に誇りを持つ者よ!我と共に進め

私が持っているSMSのウインドブレイカーの背中にも書いてあります

でも、この親父、艦橋の女性士官たちのお尻を触りまくる、変態親父なのです…(^^; 欧米の映画であれば、MADみたいなコメディにしか出てこないよような親父です。

実は、セクハラ大王のジェフリー・ワイルダー艦長
口を突く言葉は,カッコイイのがまた面白い
口癖は、「古傷が疼くんだよ」…そいつは、いつも大変だ!

左端がオズマ・リー 究極のシスコン野郎 右端は早乙女流の兄弟子TV版では運命と散々な仕打ちに打ちのめされたシェリルをアルトに代わって助けます 左から二人目はプレラ・スターン TV版では生き別れになっていたランカの実の兄で、マクロス・ギャラシクシーでサイボーグにされています このシーンは、劇場版、TV版いずれにもない書き起こされたものです

セクハラ大王である艦長にお尻を触られた女の子は、実は艦長にお熱です。 それを見ていた女性士官たちの会話は、こんな感じです。

「ちょっと、あれってセクハラじゃないの?」
「いいんじゃない、本人は喜んでいるんだから」

実は、この話題の展開は、セクハラの定義の的を得ています。 セクハラの定義は、行為ではなく、不快に人が感じることにおいて、成立するからです。

アメリカでは、女性の水着が載っている雑誌を机の上に置いていただけで、セクハラで訴えられ、有罪となった日本人管理職がいるほどです。つまり、女性に対して性的な印象で不快なことをしたことが、セクハラなのです。言い換えると、不快に思われなければ、セクハラではありません。

理屈はそうですが、欧米では、この作品でのシーンのようなものは、間違っても描きません…そもそも、その表現を突っ込まれて告訴されるかもしれないですし、そもそも、そうしたシーンが人間性そのものに対しての冒涜だ、とも考えるからです。

同様にマクロスFで男らしい男性と言うと、VF-25 スカル小隊のオズマ・リー少佐でしょう。ランカ・リーの義理の兄です。 基本的に、いつもハードボイルドなのですが、ランカがかかわると、究極のシスター・コンプレックス野郎になります。昔の彼女であった元ミス・マクロスのキャッシー・グラスは、いくらアプローチしても変わらないその態度から、オズマ・リーの攻略を諦めたという設定です。

そもそも、重要なヒーローであるアルト早乙女の設定が、そもそも男女みたいな設定です…。女形(おやま)として幼少から育てられた、早乙女流歌舞伎の、本来の後継者が、それを嫌って一門から飛び出してパイロットを目指しているという設定なのです。女形のような概念は、欧米にはないので、理解しにくい設定かもしれません。

桜姫東文章を演じる早乙女アルト どんな女性よりも女性らしかったという凄い設定

本人は、本物の空にあこがれる少年 親友からは「姫」と呼ばれて、毎回怒り狂う

早乙女アルトが気絶しているときに、マクロスクォーターのおカマのチーフパイロット… 実は、伝説のメーキャップアーティスト・・・から、化粧されてしまう… この映像は作中のものではなく、別に書き起こされたもので、このシーンは存在しないが、このシチュエーションはある

男性が男性なら、女性も女性です。 欧米の映画であれば、女性ふたりが男性を巡って張り合えば、それだけでいくらもストーリーは膨らむもの…マクロスFでは、そんしたシーンもあるのですが、そもそも、ランカは先輩アーティストとしても人間としても尊敬しており、シェリルはランカの才能をいち早く見抜き、彼女を表舞台に誘う、影の導き手となるのです。

そんな二人ですから、先にご紹介したシーンのように、アルトに迫る時も、対等に健全に、歌で迫ったりするのです。

女の子らしいシーンはたくさんあるのですが…
劇場版より アルトやランカについて思いを巡らすシェリル

だって、女の子だもん…という感じですけど…
劇場版より アルトとシェリルについて思いを巡らすランカ

実は、この二人、ランカはシェリルを心から尊敬していて、シェリルはランカの才能を認め支援するという設定
これはTV版設定から書き起こされたイラストでこのシーンは映像にはありません

アルトとシェリルが親密に見えるシーンを見てしまい、歌えなくなったランカをシェリルが張り倒すシーン TV版より… 「あなたには、あたしが望んでも得られない力があるの 自分のなすべきことをなさい!!」 TV版では、最終話でシェリルがランカに張り倒されるシーンがあります…お相子…(^^?

これらの人間像をひとくくりで説明すると、性よりも先に、人間として自立した群像として理解できます。 実のところ、現代日本ではそうした感覚が欧米よりも強いと言えるかもしれません。 そのため、性表現が表になっても、いやらしさを伴わなくなります。つまるところ、人間として確立している群像であるからこそ、性表現は、それに付随する調味料にすぎないからです。

いずれも宣材で、このシーンのある映像はありません ちょっと見るとセクシーに見えるけど、
性よりも人間としての実在感が高い描き方となっています

欧米の作品に、このようなヒーロー群は存在しません。 性意識に、かなりの違いがあるため、男性、女性の性概念が、強く表現される場合が少なくありません。 つまり、男性と女性そのものに対する、基本的なスタンスが異なるのです。

余談ですが、現在のアメリカでは、精神分析などは保険の対象ではなくなり、それほど信頼されていないという現状があります。その理由は、過去に精神分析医たちが、その分析の中で、特に女性に対してのトラウマとして、幼児期に父親から犯された…というものを多数行って、社会問題になったという経緯があります。 日本では理解しようがない話題ですが、当時の精神分析ではこのような結果を出し、そして、それを理由に親を告訴、多額のお金を女性と共にせしめるという、犯罪的なことが横行しました。その過程で、そうした精神分析そのものの信頼性が疑われ、保険対象からも外されたのでした。

このような話題で理解できる点は、想像以上に「性意識」が野蛮である、アメリカ社会の実態です。 ですから、Watchmenのようなヒーロー物漫画では、女性ヒーローが男性ヒーローに強姦されかかるシーンとか、いろいろと描いてしまいます。日本人からみると、獣的な表現ですが、その方が欧米人にはリアルに感じられるのです。

Watchman 現代アメリカでは、能天気なヒーローは、絶滅しています。
この作品は、全世界が偽りの平和と統一を果たすという、悲惨な終わり方となります

ただ、これも世代によるもので、世代が若くなると私たち日本人の感覚の方が近い感じがあります。

日本では、草食という言い方をしますが、ソフトな感覚の性意識の方が主流です。このような性に対して中立的な感覚は、現代日本文化の特徴であるとも言えます…というか、先進社会と言われるあたりでは、だんだんと、普通の感覚となっています。

とは言え、作品として中立的な性意識を当たり前のものとしてるものは、欧米ではまだほとんどありません。 欧米の社会のほうが、日本社会と比較すると、性的な感覚について、保守的な点が多いからです。

実は、「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」は、そうした点で、あまりに日本らしい…というか、これらの社会で登場するであろう人間像を、知らず知らずのうちに描き出してしまった作品でもあります。制作者たちが、「売れるぜ、この設定、イッヒッヒ」と笑っているシーンのその背景には、本人も理解していない、現代日本人としての、精髄が入り込んでいたのでした。

欧米の映画にはない、生きるものへの信頼を描いた

この話題は、結論から述べちまいます。

欧米の映画ではほとんどの場合で提示されることがない、ひとつの世界観が示されている点が、実は本当に凄いところです。その世界観とは、

宇宙に存在するさまざまな生命は、理解しあえるはず…という、 欧米人からしたら能天気な… しかし、日本人なら、当り前のことです。

9.11以降特に顕著となりましたが、アメリカ映画には、共通のテーマが見え隠れしています…それは、異質な文明、生命による自分たちへの「侵略」と、それとの闘いです。この視点は、攻守を変えて表現される場合があります。つまり、アメリカが侵略者である場合もあるからです。話題となったAVATERも、そうした視点では、この範疇の作品です。

「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」では、バジェラという「虫」が人類の前に現れます。「虫」というよりも、宇宙怪獣ですが、生物のまま、宇宙を超高速で移動し、フォールト航法と呼ばれる超光速飛行も可能で、生体内で「弾」を創り出し、生物兵器といった存在です。しかも、脳と呼ぶべき組織がほとんどない…驚異の生物です。

TV版より… ゼントラーディとの戦闘であっても戦い抜くバルキリーすら破壊してしまう驚異の生物

TV版より… バジュラは宇宙空間も自由に移動し、超空間移動も可能… 人類の文明の起源であるプロトカルチャー文明をも凌ぐ能力を持つ

このような設定は、SFでは昔からあります。

たとえば、ハインラインの「宇宙の戦士」では、人類の敵は、同様な進化を辿った虫です。 このような「虫」は、比喩として理解される場合が多く、「非キリスト教文明圏」や、「異なった世界観の人々」を示しているともいわれる場合があります。ですから、ハインラインの「宇宙の戦士」における「虫」の設定は、日本のイメージである…なんて歪んだ話題が昔あったくらいです。

ハインライン「宇宙の戦士」を映画化した作品として、Starship Trooperシリーズがあります。この作品は、設定が、とても似ています。人類は、「バグ(虫)」から攻撃を受けます。「バグ(虫)」は、思考をつかさどるブレイン・バグや、兵士の代わりをする「バグ(虫)」など、機能分化して存在しており、宇宙空間を超えて人類に攻撃をかける能力があります。マクロスFのバジュラと、似た設定ですよね。

人類は、その戦いの中で、パワードスーツを開発して、戦います。 日本のロボットもののストーリーの原点であるといわれている作品です。

第一作は、人類に突然攻撃を仕掛けてきた「バグ(虫)」の頭脳を司る「バグ」を捕えて、反撃のきっかけを得て終わります。

宇宙の戦士 Starship Trooper より

第二作目は、打って変って、膠着した戦線の中で、ヒーローに祭り上げられた戦士が主人公となります。

第三作目は、第一作目の11年後を描いた作品で、再び反撃に転じた人類が描かれています。

そして、その不毛な戦いに、なんの解答もありません。

一般的には、この作品表現には、イラク戦争の結末や、アフガニスタンの闘争なとせを反映していると解釈することが多いようです。まあ、ただの映画ですから、そうした現実とマッピングして理解するのはどうかな〜とも思いますが…。

実のところ、欧米の作品では、このような戦いに解答は、提示されません。 不毛な戦いが続くだけです。

日本でも、同様に不毛な戦いを続ける作品があります。 アニメーション「トップを狙え!」では、同様な宇宙怪獣が敵であり、人類と真っ向から対立します。

このような設定である場合に、ストーリーは明確に定まっていきます…つまり、いずれかが滅びるまで…もしくは、制圧するまでの戦いとなるからです。

トップを狙え!より バスターマシン5号 木星を利用して作られたブラックホール爆弾 宇宙怪獣たちを飲み込むために開発されました この作品が作られたときは、銀河系中心に多くのブラックホールが存在していることが知られていませんでした 木星程度の規模のブラックホールでは、銀河中心では、意味はないですね・・・ 事実はアニメよりも奇なり・・・

実際のところ、戦争に正義などはあるはずもなく、だいたい、戦争とは正義と正義の戦いなのですから…不毛な戦いであることは、当然です。

「トップを狙え!」では、人類は木星を利用したブラックホール爆弾(バスターマシン5号機)を開発し、大宇宙船団を建造して、宇宙怪獣の巣食う銀河系中心に「殴り込み」をかけ、宇宙怪獣の殲滅を計ります。この作品が作られた時代には、銀河系中心に巨大なブラックホール群が存在していることは知られていませんでした。ですから、今の科学知識からみると、外れな設定ですが、時代というものでしょう。

結局、不条理な敵とは、いずれかが滅ぶまで、戦い続けるのです。 宇宙において、理解し合えない勢力は、滅ぼし合うのです。

このような世界観を簡単に説明すると、二元論として整理できます。 正義と悪、我々と侵略者、そうした世界観です。 ですから、両者は交わると共に、闘うのです。

ところが、マクロスFでは、人類と理解しあえないはずの「バジェラ」と、和解する可能性が提示されます。それは、理念でも、支配でもなく、相互理解の可能性が示されるのです。歌を通して…。

雑誌のものだと思いますが…ヨーロッパのサイトにありました 劇場版マクロスFの設定で作られています

このような、能天気な設定になる理由は、「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」が、現代日本の作品であることに背景があるでしょう…。現代社会において、人類の深層意識の進展は、過去にみない世界観に到達しつつあります。インテグラル心理学で、コーザル域と呼ばれる、対立軸、二元論、多元論などの視点で世界を理解しない、より統一的に理解する世界観が、徐々に浸透しつつあるからです。

このような世界観では、正義と悪も相対化され、いずれも輝きを失います。 つまり、正義の戦いはなく、悪との対決も存在しないのです。 ですから、戦いは超越され、共存そのものの可能性が、見えてきます。

そうした認識の世界観の者たちにとって、つまり、私たち日本人の常識では、当然、バジュラ自体も相対的に理解可能なものとなっていきます。

人類がバジュラとはじめて遭遇した、「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」の舞台から11年前、第11調査船団の、ランカ・リーの母親、シェリルの祖母たちは、バジュラを理解しようと研究をしていたのでした。「虫共」を理解するのは、無理だとは考えずに…。結局、バジュラの襲撃を受けて、全滅してしまうのですが…。

このような、正義、悪の視点を持たない、もしくは、そうした視点を超えてしまっている作品が多いのが、日本アニメーションの大きな特徴であり、「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」に限らないのでした。

たとえば、BLACK RAGOONでは、日本人商社マンが海賊に襲われ、会社から見捨てられ、海賊たちの世界へと身を投じて生きていきます。登場する人物は、凶悪そのものですが、しかし、そこにも人間的魅力が描かれています。アニメの方は、米国では16歳以上に年齢制限が設定されているアニメーションです。アメリカの基準では、凶悪すぎるのでしょう…キャプテン・ハーロックの戦闘シーンをカットしてしまうお国柄です。アメリカで見たキャプテンはーロックでは戦闘シーンがないため、ストーリーが理解不能でした…(^^;

日本で人気の高い、エヴゥンゲリオンも、善悪の概念では理解できません。鹿野監督が海外に行った際に「結局何なんだ??」質問されて切れたとか…まあ、TV版や、初めの劇場版では、そういわれても仕方ないほど、テーマが未消化な印象のある作品でした。表現しようとしたテーマが、自分が理解している限界を超える必要に迫られたのだからだと思います。とはいえ、誰が見ても、エヴゥンゲリオンにおいて、使徒が悪ではなく、また人類も善ではないことはわかります…こうした設定であるため、日本では熱狂的に人気ありますが、海外ではそれ以前に難解と思われている傾向が強いような・・・。ここまで来ると、年齢制限していいのかアメリカでもわかんないみたいですが、新劇場版では、されるでしょう…綾波レイが零号機とともに使徒に食われちゃうし、アスカ・ラングレイは使徒に浸食されて一号機に握りつぶされちゃうから…。

BLACK RAGOON レヴィ ひとり軍隊みたいな化け物女
人間的魅力以前に、凶悪な設定… 欧米の作品には、ついぞ見かけない人物像
実は、私好みの性格設定だったりして…

エヴァンゲリオンのアスカ・ラングレイ アニメとは関係ないけど、このイラスト素敵だったので… キリスト教用語、ゲシュタルト心理学用語をちりばめたこの製品は、そうした用語から理解すると分かりやすい比喩的な設定が特徴 劇場版では、使徒に浸食されて一号機に握りつぶされちゃうの…(^^;

TV版マクロスFの設定の中でも、アルトの親友で、クランクランの想い人であった、ミッシェルが大量発生したバジェラの幼生に殺されてしまってから、アルトとクランクランは、バジュラとの闘いという修羅の道を歩みます。

万年主席のミッシェルと万年次席アルト ミッシェルは、TV版では、別れ話を切り出した恋人をフレンドファイアで殺してしまい、有罪とされ自殺した姉を持つ、 姉と同じスナイパーを歩むという設定 マクロスFの設定で心に傷を持たない人物は皆無…

その時に、アルトに周囲から投げかけられる言葉は、好意的なものではありません。

オズマ・リーからは

おまえは流されているだけだ

早乙女流の兄弟子からは、

あなたは演じてしまうのです

憎しみの連鎖の中に身を置くアルトに対して、こうした言葉が投げかけられてしまうのです。

そうした中で、アルトは、本当の敵は何かを知っていきます。 マクロスFにおいて、本当の敵は、マクロス・ギャラクシーに代表される人類の偏狭な世界観そのものであることが明らかになっていきます。

TV版最終話では、クライマックスで、マクロス・クウォーターのワイルダー(セクハラ大王)艦長が

己が翼に誇りを持つ者よ、 我と共に進め!

と叫び、偏狭で凶悪な人々と人類、バジュラは戦うことになっていきます…もっとも、TV版ではね…(^^) ひとりひとりの深い認識を信じ行動する者たちよ、共に進めというわけです。

劇場版では、100%新作ですので、かなり設定は洗練されるはずです。 なにしろ、劇場版では、シェリルのマネージャーである、グレース・オコナーは、マクロス・フロンティアがバジェラの大群に襲われ絶望のどん底に陥ろうとするときに、歌おうとするシェリルを全艦に中継させます。

なにをしているの、早く中継なさい…シェリルは、命をかけて伝えようとしているの!、まだ、希望はあるって!!

劇場版は、そしてクライマックスを迎えます。

TV版では陰謀の裏の主役、グレース・オコナーは、右側の舌舐めずりしている人 複数の人間の意識を統合したサイボーグという設定…TV版では… サイボーグといっても複製可能な、意識を移動して生きながらえる新しい人工生物みたいなもの… 実は、こんな性格の子を諭して付き合っちゃうのが私の好みのタイプだったりして…

実のところ、TV版は、劇場版が対応する1〜7話までと、それ以降では出来がかなり違っていて、ストーリー的にはだれています。ですから、100%作り直しは当然かと…・

ただ、いずれにしてもストーリーについて確信している点があります。

それは、人類も、バジュラも、相互に共存できるというストーリーになることです。

現代の日本人は、世界のすべてが共存できることを確信しているからです。 そして、それこそ、テロの世紀を超えて現代社会が知らなければならない、本当の答え…それは、そうした「事実」と「確信」なのです。

アニメーションにそのメッセージを組み込み、

世界に伝えるのだ、マクロスF!!

私たちは、憎しみと因果を超えて、理解し合い、共存できることを!

というわけで、日本人的な発想そのものの「マクロスF」は、制作者も意図しない(かどうか知らないけど、意図してる気はしないのでした)、大切なメッセージを内包しているのです…。

それは、日本という場を経由して表出している、より一般的な、世界意識の現れであり、実のところ、新しい時代の産声なのです。マクロスFに限らず、また、日本に限らず、そうした作品が多く登場して行くことでしょう。そうした作品を小さいときに見た人たちは、それを心の基底に据えていきます。やがて、それが時代意識全体の主流となるでしょう。闘争は、それを超える意識によってのみ終結し得るのです。現代の人類の進化は、DNAよりも、文化の基底構造の伝搬により達成されています。人類の進化と、人類の基底意識の拡大は、ある意味で同義です。

うーん、壮大な話題だ…(^^)v

気になる点・・・

実は、13回見ていて、はじめの1回目から気になっている点が、いくつかあります。

なぜ、ランチャー・カタパルトを使用するのか?

はじめのシーンで、アルトが美星学園という、マクロス フロンティア内の学園の屋上から、風を確認して、EXギアを使用して、飛び立つシーンがあります。その際に、ランチャー・カタパルトという、加速装置を使用して、飛行します。

TV版では、オープニングからそのシーンがあります。

TV版のオープニング映像より… アルトがつかまっているのが、ランチャー・カタパルト
劇場版では、ランカ・リーがGOの雰囲気を出してアルトが飛び立ちます

マクロス・フロンティアは2Kmの高さがありますので、別に飛び立つことそのものについては違和感がないのですが、はじめて見ている時に、そのシーンの後は、EXギアで自立発進できるシーンが何回もあり、冒頭のシーンについて違和感がありました。つまり、このシーン以外で、ランチャー・カタパルトは不要なのです。

見ていて、とても奇異に初めから思いました。

一般的は、カタパルトが必要な理由は、飛行可能な初速に到達するために必要な滑走距離を得られない場合に、加速を援助するために使用します。ということは、EXギアを使用して飛び立つことは、マクロス フロンティアの地上からは不可能なはず・・・可能なら、なぜランチャー・カタパルトを使用するの???というのが、私の不思議でした。

実は、TV版、劇場版のいずれにも、この疑問に答える話題が出ていないのですが、小説版を読んだら、ぶっ飛ぶ記述がありました。

そこには、人工重力のため、距離が離れるとすぐに重力が弱くなるから…地上だけランチャーカタパルトが必要と書いてあったのでした・・・。

重力の本質は、未だに研究されていますが、相対論的には、重力は空間の歪みそのものです。ですから、重力には距離の概念がなく、無限遠に到達するものとされています。修正理論もいくつか提案されていますが、いずれにしてもそれは天文学的な距離でのみ違いがあります。

設定では、マクロス フロンティアでは、先超文明プロトカルチャーにより開発された遺産であるさまざまなテクノロジーが使われており、その中のひとつが人工重力です。

映像を見ていると、お盆のような構造であるマクロス フロンティア アイランド1は、すべてお盆に対して直角に物が立っている印象があります。ということは、重力の方向は、アイランド1の平面方向に直角に重力加速度が働いているということです。つまり、人工重力源は、平面に働いているということ・・・。

重力の話題は、天体などで、点として重力の中心を語ることが出来る場合は、距離の二乗で重力は弱くなります。ですから、そうした場合であれば、小説に書いてある話題は、真実です。地球の上であれば、地球の直径がそれなりにあるので、ちょっと高くなっても重力はそれほど変わりません。しかし、人工重力源が点であり近いのであれば、距離の二乗で弱くなるのは当然で、急激に弱くなるでしょう。

しかし、重力源が平面であるとすると、事情は異なります。

平面の中心から離れていくと仮定すると、その中心の短編の距離の範囲は、重力の低下は起きません。 これは、平面波として理解すれば、当然の結論です。

平面波ってのは、拡散しないので、減衰しないんてすよね…完全に拡散するとしても、平面の短編までの距離なら、減衰しません。

もしも、設定を考えた人が、重力源について単純に、点として考えているとしたら、ちょっと考え直したほうがいいですねー

V型感染症は細菌という設定、まずいな〜

映画では出てきませんが、TV版「マクロス・フロンティア」では、シェリル・ノームは後天的なV型感染症であるということになっています。そして、ランカ・リーは、V型感染症の母の胎内で、先天的に洗礼を受けます。

V型感染症とは、「バジュラ」に共生しているフォールド通信が出来る細菌が、血液感染で人体などに入り発生する感染症です。人の場合、やがてその細菌は脳に集まり、その人を死に誘います。

実は、この設定、凄い無理があります・・・。

それは、細菌だからなんです。

実は、人の脳には、血液は循環していません・・・Blood Brain Barrier/血液脳関門という組織があり、たんぱく質のような大きな分子量をもったものが、体内から脳に到達できないようになっているのです。

Blood Brain Barrier/血液脳関門
脳には血液は流れが、BBBを通過できる糖やケトン体が水とともに入れるだけです
細菌は、進入できませんが、ウイルスであれば可能な場合があります

ですから、細菌が脳に集まる・・・という設定の意味が、脳側の血管に集まる・・・という意味であればともかく、脳そのものであるとしたら、ちょっと無理な設定です。

BBB/血液脳関門があるので、狂牛病が異常なたんぱく質であるプリオンが原因であるという説も、本当か疑われています。測定しても、プリオンが脳に到達しないからです。

このような機構があるので、人類の場合は、V型感染症が細菌から発生し、脳に細菌が集中する・・・という設定は、無理ですよねー、いくらなんでも。

SFの設定のための知識は、物理学だけでは駄目ですね〜。

唯一可能な設定としては、プロトカルチャーが人類を創造する際に、「バジュラ」と人類が調和できる道を開ける試みとして、BBB/血液脳関門に、「バジュラ」と共生している細菌が来た場合だけ、脳に浸入できるようにした・・・という感じでしょうか。しかし、細菌がその生物を受け入れなかったために、V型感染症の発症となり、人は死に至っていたとか・・・。

つまり、人類/ゼントラーディとバジュラの調和は、実は、滅んでいったプロトカルチャーによる超時空の贈り物であった・・・という設定です。

うーん、これは、凄いかも・・・(^^)

音楽のミキシングが合ってないでしょ・・・(^^;

コンサートシーンで見ていて、一番困ったのは、音楽と映像の一体感は凄いのですが、どうしても困ったことがあります。音楽シーンのミキシングが、映像と合っていないため、違和感が強いのです。

・シェリルの歌が聞こえるのに本人が歌っていないシーン

二箇所あり、いずれも重要なシーンです。 はじめから違和感があり、見れば見るほど、困ります・・・(^^;

・音楽シーンで音が遠くなる・・・

オーディオ用語ですいませんが、音楽シーンの録音だけ、アフレコと別であるため、音の距離感が、アフレコよりも長くなっているものがほとんどです。 コンサートシーンだけであれば、違和感はないのですが、アフレコと交互になってるシーンは、よくわかるため、きわめて強い違和感になります。音が遠くなると、インパクトがなくなってしまうからです。劇場によっては、一般映画と同じ音量で上映しているため、会話よりも歌のほうが小さく感じます。これは、大きな問題で、感動を損ねます。実は、上映の音が小さい劇場で見たときは、腹が立って、そのまま出て行き、劇場の人に「音楽が重要な作品なのに、再生音が小さいのは、おかしいだろう!!」と抗議したことがあります。

アフレコの技術者は、この問題に気づいていたようで、アフレコ時に歌いなおして、録音を重ねているシーンがいくつかありました。しかし、問題を補正し切れてはいません。

・サラウンドで音楽を録っていない不自然さ・・・

これは一言です・・・ 劇場はサラウンドなのに、音楽は違う・・・困ったもんです。

アフレコ時に、ランカの歌によっては、収録し直してサラウンドにしていましたけど・・・シェリルの歌の方が大切だろ、この映画は・・・(^^;

こうしよう・・・!!!

そもそも「マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜」は、「マクロスF」の前編に過ぎません。 それなのに、あーだこーだ、と書いた理由はなぜか・・・そりゃ簡単で、「マクロスF 〜サヨナラノツバサ〜」を、より素晴らしい作品にしてほしいからです。

ですから、気にせずに、こうしようという提言まで書いちゃいます・・・(^^)

サラウンドで音楽をミックスしよう!!

浜崎あゆみ
MY STORY 5.1ch SACD

音楽に、菅野よう子という素晴らしい人がいても、出来ないことがありまする それは、音楽をサラウンド表現すること・・・

これには、優秀なエンジニアと、サラウンドに対するイマジネーションが必要です。 ですから、それを実現するための、音楽プロデューサが必要でしょう・・・音楽家だけでは、手に終えない点があるのです。

サラウンドで作られた素晴らしいアルバムは、実はいくらもありません。 ここでは、ひとつだけご紹介します。

詳しい説明は、音楽の結界…新しいオーディオと音楽の姿 アーティストが技術を超えた時…をご覧ください。

ただ、今は再生が困難です・・・SACDやDVD AudUFOで作られているからです。

私は、いろいろなアルバムを聞きましたが、このアルバムを超えるサラウンド表現された音楽に、まだお目にかかったことがありません。

音楽がサラウンド表現されたとき、人は、体験したことのない音楽体験をします。

それは、きっと、「マクロスF」の感動に、更に世界を切り開くでしょう!!

映像制作後にもう一度音楽リミックス!!

制作者も感じていると思いますが、音楽のミックスは、映像制作後にもう一度必要なシーンがあります。 これは、積極的に、直しましょう・・・せっかくの完成度の高さが、台無しです

ということで・・・

期待しているぜ!

マクロスF 〜サヨナラノツバサ〜」!!

PS

実は、書きたいこと書いていると、いつもでも時間がかかるので、ぱぱっと書いて、Vesion番号を振ることにいたしました。気が向いたら、バージョンアップします・・・その際は、Follow Calvadoshof on Twitterでお知らせしますね・・・(^^)


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