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北京への


中国編 No.01
2002/9/20〜23

はじめに

2002年の夏休み・・・真夏には取れずにいました。
そんな中、日中友好30周年で、日本と中国で様々なイベントが行われていた・・・

それまで浜崎あゆみが北京で歌うことになるまで、ちっとも知らなかったかるばどすでした。北京では1年中お祝いをしているみたいですが・・・ODA問題もあるし・・・でしょうか(^^?)

そうで、それでは日中友好のため・・・というより、浜崎あゆみの歌を聞きに、北京に行こうと思いました。もっとも、によく書き込みを戴く千折さんから「かるばどすさんは北京に行くの?」と発言してしていただき、「おおっ、それじゃ」と思い行くことにしたのが、実相です。
でも、その前には前から思っていたダイビングに行くことにしました・・・(^^;・・・実は、この遅くに取ることになった夏休みは、グアムと北京の二本立てになったのでした。

グアムへの旅はこちらをご覧ください


この旅行記は、日記式に書いております。
関連した記載が、以下のようにかるばどすほふに用意されています。本文からもリンクしていますがリンク集として用意しました。

旅の記録 2002/9/20 北京への旅旅の記録 2002/9/23 帰国
Grand Hyatt Beijing  北京東方君悦大酒店 (北京)
ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)もびっくり  大型歌会の裏の裏 

見聞編
解説編

大会代美食広場


2002/8/14 日中友好30周年記念・・・知らなかったな・・・

そのニュースは、突然でした。
「浜崎あゆみ、日中友好30周年記念コンサートに参加!」
はじめの印象は、そんなんがあるのかー、ということだけでした。
しかし、その翌日、掲示板に千折さんから「かるばどすさんは北京に行かないの?」と書き込みを戴いてから、はたと思いました・・・そうだ、その手があった・・・夏休みは、それだ!
で、教えてもらった日本旅行のサイトから申し込みました。もっとも、時期が時期なので払い込みをしないと申し込み扱いにならないとのこと・・・。翌週の月曜に日本旅行の主催している代理店に行くことにしました。

実は、中国へは二回目の訪問

中国へ行くのは、今回で二回目です。
初めに行ったのは、14年前、そう、天安門事件の1年前でした。

天安門事件 : 民主化を求め天安門広場で座り込みをしていた学生/市民5000人が中国人民解放軍・・・(^^;・・・の武力制圧を受け、数百人から2000人死亡した事件(ただし中国政府は死者はいないと主張しています。数字が幅が広いのはそのためです。ま、南京事件の数字もめちゃくちゃなので、そんなお国柄かも・・・)。全国に抗議が広がるとの見方もありましたが、実際には武力制圧されました。
私はテレビで見ていて、観光旅行のビデオカメラを回していた場所に装甲車が突入するのを見て、唖然としてしまいました。余談ですが、中国では天安門事件について報道をかなり封鎖しており、一般の人たちは事件のあったことは知っていても、ほとんど実情は知らないようです。

関連した内容はこちら

当時の中国は、自由化をまだ決定していない時代、民衆には鬱積した不満がある時代でした。
そのときの中国への旅は、形から見たら、それは良いものでした。
行く場所すべては、なんというのでしょうか・・・そう、共産党幹部扱い、汚いと評判だった中国のトイレを見たことはありません。行く場所すべては、トイレはエアータオル標準装備、白檀の香りでした。夜の食事は、円卓に深いスリットのチャイナドレスの女性が付き、お酒は飲み放題・・・。日中の見物は、何人並んでいても、列を止めて先に入れてくれました。歩く場所も、必要な場所場所で鍵を開けて、最優先で通してくれました。

賄賂の国だった中国

このような素晴らしい中国旅行は、私が国賓だったからではありません。それは、賄賂のおかげでした。一緒に行っていた友人が、北京語を自由に使えたので、ホテルのフロアマネージャーと話をしてお金を握らせ手配したのです。
当時の中国は兌換券と人民元という、二種類の通貨がありました。兌換券とは、外貨との交換ができる通貨で、一般の中国人は入手することはできませんでした。そして、兌換券でないと、輸入品を取り扱う友諠商店では、なにも買うことはできませんでした。人民元と兌換券の間の相場は、1:5、そう、中国の通貨は二重に用意され、そして、日本人の行く先々でも、メニューも二重に用意され、中国の相場の何十倍という価格でものを買わされていた時代です。
そんな時代、憧れの品物を入手するチャンスは、国家により掌握されており、日本語ガイドはすべて中国政府の管理下におかれ、特にお金がかかるように手配された場所にだけ、ガイドにつれて行かれていました。その時の料金は、相場の100倍くらい・・・日本人は金づるでした。そして、そうした日本人とお近づきのチャンスがあれば、群がってきてサービスを提供したい人たちが、国の管理の裏側にたくさんいたのです。
そうしたときの問題は、言葉だけ、中国の普通の人は日本語どころか英語も話せません。ですから、友人のように北京語に堪能であると、中国の人たちからは、鴨がねぎをしょって来たようなものです。それを逆手にして、兌換券をベースに支払うことで、一日200元程度(4人で行っていたのですが、全員の費用です)で、豪華な昼食、夕食付のガイドつきツアーを楽しんでいたのです。でも、こう書くと順当な話題みたいですけど・・・お金の使い方見てたらわかります・・・それを実現していたのは、ただの賄賂なんです。中国の人たちは、日本人からたっぷりお金を得られるチャンスを楽しみ、私たちは、それを利用して、普通は得られないサービスを受ける・・・ということでした。

関連した内容はこちら

2002/8/17 ホテルは別に手配しちゃった

朝、日本旅行に電話しました。 過去の中国での体験から、いいホテルに泊まりたかったのでした。以前は西苑飯店という、当時の最新のホテルに宿泊しました。☆☆☆☆ホテルですが、友人の話では☆☆☆☆☆ホテルよりも良さそうとのことでした。

中国のホテルの評価は、政治力で決まるといわれており、星の数がホテルの格を示していないといいます。ちなみに、現在、北京で最高といわれている巷でホテルは、私が宿泊したグランドハイヤットです。このホテル、☆は付いていなかったです、私が予約したときですが・・・

そして、設備は確かに良かったのですが、問題はサービスでした。朝食でレストランに入れば、なにを頼もうとしても「メイヨウ(無い)」です。メニューは朝食セットしか無いくせに、説明も無く、数日間大変でした。そして、どこに行っても賄賂をもらうと手を返したようなサービス・・・気持ち悪かったです。
ですから、アメリカ式のホテルにしようと思いました。見ると、Grand Hyatt Beijingがあり、部屋も取れそうでした。
で、日本旅行に私だけホテルの変更はできるかと頼もうと思いました。しかし、聞いてみたら出来ないとのことでしたが、勝手に取られるにはどうぞとのことでした。そこで、自分でGrand Hyatt Beijingに手配を入れたのでした。
Grand Hyatt Beijingは、北京飯店の隣、王府井(ワンフーチン)の筋向いです。いい場所ですこと・・・。

2002/9/13 朝 大阪出張直前

仕事で大阪出張の日でしたが、朝に旅行社に電話しました。なにしろ、旅程表が届かないのです。ツアーのホテルもわからないし・・・。電話で聞いたところ、明日にでも発送するとのこと、ホテルはメディアセンター、出発は14:00とのことでした。よしよし・・・(^^)・・・でも、ガイドブックにはメディアセンターというホテル・・・載って無いんですよね。

大阪出張の話題はこちらにもちょっとあります。
なお、資料の発送は実際には遅れて9/17になっていました。

2002/9/14〜18 グアム旅行

ダイビング旅行です。

2002/9/19 のんびりする予定だったんだけど・・・

この日は、のんびりするつもりでしたが、実は仕事の嵐になってしまいました。
午前中は、外資系のソフト会社さんと打ち合わせ、午後は医療関係の会社さんの新システム計画の相談にのって、自分の会社でもいろんな話題が待ってました・・・うー、夏休みのはずだったんだけど・・・。グアムが思いのほか通信事情が良くなかったのにも原因があったかもしれません。

2002/9/20 北京へ出発

移動については、旅の記録 2002/9/20 北京への旅をご覧ください。

なんとなく、北京空港への到着で、昔とちがう中国と、あんまりかわらない中国を感じました。
北京空港からホテルまで30Km、空港にある表示では、約70元とのことでした。
タクシーには、驚きました。
昔は、普通の車だったのですが、今は運転手を守るための鉄格子が付いています。強盗が多いのかもしれませんね。
アメリカのタクシーは、前方の席すべてですが、中国のタクシーは日本車並みの車体のためか、運転席だけです。
写真は、運転手さんの許可をもらって撮影しました。
タクシーには、メーターも付いています。昔とはまったく違いますね。
後でわかるのですが、昔は価格と兌換券しか利用できなかった関係でほとんど外国人しか利用できなかったタクシーは、今では中国の人にも利用できるようになっていました。料金も、リーズナブルです。
北京空港からの道にも驚きました。昔は、舗装されていない並木道でしたが、今では立派な道路になっています。並木は、まだありました。そして、高速に入り、北京の中央へ向かいます。グランド・ハイヤットは、北京飯店の隣、王府井をはさんだ対向側です。
ホテルには11:40PMに到着しました。
料金はメーターで82元、高速代も別に必要でしょう。で、おつりはいらないよと、100元渡しました。喜んでもらったみたいです。

Grand Hyatt Beijing
北京東方君悦大酒店 (北京)

このホテルは、アジア最大というショッピングモールである、東方新天地と併設されています。
今回の旅は、到着まで、十分にくたびれました。
で、こうしたときは、バーで飲むというのが私の自動的な反応です。で、バーに向かったのですが、見当たりませんでした。どうも、入り口にある、噴水の見えるラウンジがバーの代わりのようです。
で、お酒を頼んだのですが、ろくなものが無く、しようがなしにヘネシーのXOにしました。ダブルを2杯・・・料金はなんと・・・600元でした。ちょっと驚きましたが、中国の物価がこのときわかっていませんでした・・・着いたばかりですし・・・。で、そんなものかなーとサインをしたのですけど・・・(^^;・・・ウソだろ、この値段・・・

後日に免税店で見たら、600元はヘネシーXO一本分の値段でした。お酒の値段は、ホテルでは計算式が世界全体でほぼ同じで、ボトルの1/20の値段が、シングル1杯の値段です。ダブル2杯ですから、ホテルのボトルの値段は、その5倍、なんと3000元です。つまり、日本と同じか、もっと高いということですね。ふざけんなよ・・・と思いましたが、なんか、中国はお酒の値段、どこでも他のものに比べて高く感じます。

で、続いてちょっと感じたのが、小腹が空いたなーということでした。
部屋のインフォメーションでは24時間のダイニングが開いています。
で、そこに寄ってみました。
で、びっくりしたのが、食い逃げを目撃してしまったのです。いや、厳密には、食い逃げらしい・・・というものです。
彼は、中国の人らしく肩をいからせながら入ってきました。で、けだるそうに料理のオーダーをしました。
その様子があんまり変なので写真にとってしまっんですね。
で、来た料理はフレンチ・オニオン・スープです。で、ちょっとけだるそうに食べて、出て行って・・・二度と戻ってきませんでした・・・あはは・・・(^^;
ホテルの従業員もどうなってるんだかわからないみたいで、おろおろしていました。

 

ここの食事は、アメリカでよくいう、カンフースープと、ハンバーガーにしました
ま、普通の味ですね。
レモングラスがちょっと載っているのが、普通と違う感じでしょうか・・・。
これで100元以上・・・私は、飲んで食べることについて値段に驚き、このホテルの食事は、宿泊費に含まれているグランドクラブの朝食にだけしようと、決意してベッドに入りました・・・(^^)

2002/9/21 8:30AM 朝ごはん

朝食は、グランドハイヤットのハイヤットクラブです。
このホテルは、レストランが異様に高価なのと、周辺で朝食を食べられる安いお店が見当たらないので、ちょっと料金が高めのハイヤットクラブがお勧めですね。
ここでの朝食は、ヨーロッパのホテル式のコンチネンタル・ブレックファストです。アメリカ式と異なり、十分なフルーツのほかに、チーズ、ヨーグルトなどが多種類用意してあります。
なかなか、いい線行っていると思います。
朝食後、コンシェルジュに明日のコンサートのことを尋ねてみました。でも、知りませんでした。工人体育場の交通の便が、夜は悪いことも教えてくれました。

2002/9/21 9:30 お散歩へ出ました

北京は14年ぶりです。
ホテルの場所は、便利な場所ですから、のんびりと周辺を散歩しようと思いました。もっとも、その散歩は、5時間半に及びました・・・一緒に歩く人が驚いてしまう、意外とタフなかるばどすです。
朝の建国門外大街
中国の朝は、のんびりしていました
北京飯店
この右下が、北京飯店の大レストランです。
14年前に、焦げた料理を出され、あんまりまずいので文句を言ったら喧嘩になったという思い出があります。どうも、思い出すと、日本人に対する嫌がらせだったみたいです。
労働人民文化宮の入り口にて
なんか、モニュメントのオープンに出くわしました。この子供たち1時間以上ここで待ちながら練習していました。お花をぱらぱらと踊るだけなのですけど・・・。写真の女の人が先生みたいです。叱ったり好かしたりして、子供たちと接していました。こうした子供たちを見ると、道具として使われているので、日本人としてはなんだろうかと思いますが、ま、子供たちは楽しそうでした。よく考えてみたら、子供のころに社会参加するみたいなもので、それはそれでいい経験かもしれません。大人の理屈で子供に接することのほうが間違いですから。余談ですが、子供たちの持っている花は造花・・・この子供たちの衣装も、ユニフォームみたいになっていました。つまり、再利用できるようになっているみたいです。つまり、こうした儀式の形態が中国にあるということですね。
天安門に向かいます
天安門です
写真でもわかりますが、あまり空は真っ青ではありません。北京の燃料の中心は練炭だからです(石炭という人が多いですけど、違います・・・ま、練炭と石炭は同じという観点もありますが・・・)
端門
天安門をくぐると端門があります。
この上には5元で上れます。
端門上から見た天安門
端門の中の皇帝像
なんか、大切にされていましたし、親子が見ながらいろいろと話していたのですが、私には理解できない価値のようです・・・(^^;・・・三流遊園地の人形みたいで・・・。皇帝ごとの特徴はそれぞれの人形が強調してとらえているみたいですが・・・。中国の教育では、皇帝はどのように教えられているのかなーと思いました。
故宮博物院
ここまでは無料で入場できます。
故宮博物院は、外国人と中国人では入場料が15倍ほど違います。GATも、そうした不公正は是正できないのでしょうか・・・(^^;
14年前にゆっくり見たので、今回は止めておきました。古いものだから、14年で変わるはずも無いと思いましたので・・・見たことの無いみなさん、ゴメンナサイ。そのうち、14年前に撮影したビデオから絵を取り込んでコンテンツにまとめますね。
で、昔見た印象深い故宮の姿を思い出しました。景山公園の上から見る故宮の全景です。それを見ようと、てくてくと景山公園に向かいました。文章は簡単ですが、30分以上歩きました。
景山公園
景山公園から見た故宮
ここからは、故宮を一望できます。
昔は、日本人はいなかったのですが、今は、日本人だけでした・・・(^^;
このあと、地安門の方に向かってぶらぶら行きました。
雑誌を売っていました
この雑誌には、浜崎あゆみが「浜崎○由美」(○は並の上の2つの点が無い文字)です。これは濱崎歩(ぴんちぃ〜ぷ〜)という中国語読みではなく、日本語の発音を狙ったものだと思います。
北京の子供センター?
歩いていくうちに、北京の子供センターみたいなところにたどり着きました。「首届幼児文化市」というのをやっていました。アメリカの教育書を訳した本とか、いろいろいとデモをしていました。
いろいろな建物もあり、教室がいろいろとありました。
その一室
幼児の舞踏教室みたいです。
ここをいろいろと見物して、戻ることにしました。
その途中で、裏道に入ることにしました。
練炭工場
北京で使用されている主な燃料は、練炭です。
街中に、こんな練炭工場がたくさんあります。
日本の練炭と異なり、ずいぶんと粗悪なものですが、たくさんあります。それぞれの家にも、外にたくさんの練炭が積まれています。
これが商店
街中の商店は、こんな感じです。
肉も何も、テーブルの上に並べて売っているだけです。
お年寄りが、ニコニコしながら私に合図していました。
こうした景色は、14年前と同じですね。
こうした、ちょっと汚い商店街を抜けて、ホテルに戻る途中で、政府機関が集まっている地域に出ました。
紅旗出版前にて
真ん中のカップルがいちゃいちゃしているのと、守衛さんの不動の姿勢の対比が面白くて写真にしました。今の中国の実像みたいな気がしますよねー、なんか。
されに歩いていくと、最高人民検察院という場所の前に出ました。中南海ですから、そうした機関が集中しているみたいです。
右下の衛視に怒られました
よくわからないのですが、こうした機関は撮影すると怒られるみたいです。指差して、なにか言っていたのですが、ちんぷんかんぷんで・・・(^^;・・・撮影するなと言っていたのでしょうか?
この隣はもっとやばそうな機関でしたので、写真に取りませんでした。
ホテルに戻り、シャワーを浴びて、ちょっとお休みしました。

2002/9/21 8:00PM 晩御飯だ!

ホテルの食事に懲りた私は、東方新天地のフードコードである、大会代美食広場にしました。東方新天地にはたくさんのレストランもあるのですが、いろいろ見て、一番気に入ってしまいました。
四川風油しゃぶしゃぶ
ビール込みで、30元くらい・・・結構食べられますが、脂っこいかな・・・。
お店の中の風景です
携帯を覗き込む女性・・・ここで食事をしながらです。
こうした光景は、アジアではそろそろ当たり前かな・・・

2002/9/21 9:30PM 夜の王府井へ繰り出す

お腹もくちくなり、夜の王府井(ワンフーチン)へ繰り出しました。
明るいんだけど・・・
明るく人も多いのですが、実はお店はあまり開いていません。
もっと遊びたいけど、遊べないよーという感じです。
カプセルで吹っ飛ぶやつ
デパートの前で人だかりでした。
人が乗るカプセルにはカメラがついていて、カップルが大騒ぎするシーンを、載った人たちにも見せてくれます。
カプセルを目が追う
カプセルが飛び上がるときの、観客の皆さんを撮りました。
みんなで楽しそうに見上げていますね。
実は、こうした歩いていて、感じたことがあります。
これって、自然な繁華街ではなく、管理された繁華街ですね。なぜならば、こんなに人がいて、お店が自由に開けれるのならば、もうちょっといろいろなお店が開いていて、大騒ぎしていて、自然に思うからです。
14年前は、王府井でも、この時間はちょっと歩きたくない感じがあったように思います。昔の無法さは、表通りからは影を潜めている気がしました。
ただ、昔と違う点で、かなり酔っ払いが少なくなっている気がします。強力な統制があるのかもしれない気がしました。
北京は、夜10:00を過ぎると、帰る人が多くなります。お祭りは、終わりということでしょうか・・・

2002/9/22 8:00AM 朝ごはん

目が覚めて、ちょっとシャワーを浴びました。
で、朝食と思ったのですが、せっかくだからと、東方新天地へ行きました。でも、お店はまったくやっていません・・・でしようがなしに、ハイヤットクラブへ行き朝食を取りました。
フルーツにヨーグルトをかけて
中華式朝粥です
豆乳と肉入りパン
なんだかんだと、たくさん朝ごはんを楽しむ私でした。
食後に、部屋に戻り、ちょっとのんびり・・・PCをポコポコと叩いていました。

2002/9/22 13:00PM お昼

お昼は、もう、東方新天地のフードコートです。で、これがここで食事の出来る最後の日とわかっていました。食後、icカードをキャッシュに取り替えてもらいました。
この鳥、おいしくなかった
部屋に戻ると、ホテルから手紙が届けられていました。

「かるばどす様を明日空港にお送りするアウディのリムジンが7:00AMに手配できております。またなにかお役に立つことがございましたら、お気軽にお知らせください」

原文は英語ですけど・・・

おー、ありがたやー、と思いました。

2002/9/22 14:00PM ちょっとお買い物をしてみたら

東方新天地のショップに入ってみました。
お菓子でも買おうかと思いまして・・・
どうも、今、中国では、日本語が流行かも・・・
「の」の字が入ってます
ぶるぶるどっぐ・・・

2002/9/22 15:00PM さあ、行くぞ!

当初、コンサートへはリムジンを手配していこうかと考えていたのですが、現地の状況がちんぷんかんぷんなので、帰りに無事にリムジンと合流できるかわからず、あきらめました。
で、日本旅行のツアーに合流することにしたのでした。
さて、この先のお話は、なんと二本立てです。
ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)もびっくり  大型歌会の裏の裏 

見聞編
解説編

2002/9/22 23:00PM リムジンキャンセル・・・

日本旅行の担当者から、バスの中で言われました。
「北京空港は、ちょっと帰国が大変な空港なんです。で、6:00AMにホテルを出発します。すいませんけど、帰りも空港ではなく、ここで合流してもらえませんか・・・」
あーあと思いました。せっかくリムジンが用意されているのに・・・。
ホテルに戻り、リムジンをキャンセルしました。

2002/9/23 5:00AM 帰国します・・・

旅の記録 2002/9/23 帰国
をご覧ください。
今回は、楽しい中国旅行でした。



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