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チッチェンイッツア
日帰り旅行


コスメルへの旅の初日は、チッチェンイッツァへ日帰り旅行をしました。もともとはダイビングが目的の旅行でしたが、初日からダイビングでないほうが時差ぼけ対策にもなり、うれしいものです。
今回のチッチェンイッツァは11年ぶりの訪問です。
このツアー、日帰りといっても、コスメルには午後2時には戻れます。

朝早いの

この旅は、空港から始まります。
ツアーは、aearoferincoが行うもので、チッチェンイッツァ国際空港まで一気にいき、そこからガイドに連れて行ってもらいます。
集合時間は、6:45AM、すこし早めに行ったら、だれもいませんでした・・・(^^;
やっとチェックイン
これがボーディングパス(搭乗券)

再利用できるボーディングパスは珍しいですね。
乗るときにはもう渡してしまいます。

待合室はみんな一緒です
いろいろな便のひとが同じ待合室です。
文字による表示は無いので、大きな声でいうアナウンスを聞いています。
この飛行機で行きます
空からみたコスメルホテル街

チッチェンイッツァ国際空港

コスメルから約1時間、チッチェンイッツァ国際空港につきます。
空から見たチェッチェンイッツァ国際空港
空港が見えたのですぐ着陸かと思いましたが、そのまま飛行機は飛んでいきました。
なんと、チッチェンイッツァ遺跡の上空まで行ってくれたのです。うーん、サービス精神旺盛ですね。アナウンスはありませんでが・・・
空から見たチッチェンイッツァ遺跡

チッチェンイッツァ国際空港

空港には、同一時間に4機が到着します
これには驚いてしまいました。
メキシコの人が時間に正確なんて、信じられないからです・・・言い過ぎか・・・(^^;
しかし、この空港は、素晴らしいデザインですね。
きっとヨーロッパ人のデザイナーだと思います。チッチェンイッツァの構造をうまく取り入れています。
ターミナルビル外観
ターミナルビル内観
この天井の支え方は、マヤの遺跡に見られる柱と屋根の関係を模しています。
エアコンは無いのですが、空気の対流があり、涼しく感じられます。
しかし、まじめな設計ですよね。
余談ですが、私が11年前にきた頃は、この空港は計画だけでした。
ところて、きているお客さんですが、ドイツ語を話す人が大半で、英語を話す人は十数人でした。ガイドはドイツ語と英語が一人づついたのですが、大半がドイツ語のガイドについていきました。そういえば、コスメル空港にもtuiのマークがありました。tuiはドイツ最大のツアー会社で、JTBなんかよりもずっと凄いです。なにしろ、どのツアーも飛行機はチャーター便、ホテルは貸切、あらゆるツアーは三食付きで、1週間ドイツからメキシコまでの往復込みでおそらく20万円しないはずです。tuiのマークのあるところ、それは安くて質が高いことの証拠になります。
翌日に現地添乗員の藤田さんに聴いたところ「ここ数年でドイツのツアーが開発されたようで、現地にドイツ語の話せるガイドがあまりいないんですよ。ドイツ語が話せると仕事はいくらでねあるという感じです」ということでした。怒涛のように観光客を送り込むのは、日本よりもドイツです。また「コスメルにはドイツの人が泊まるホテルはあまりないんですが、フェリーの対岸側には多いんです。ヨーロッパの人はアメリカ人のいるところを嫌うみたいで」とも話していました。私は、「単にヨーロッパの人のほうがけちだから価格が折り合いつかないんじゃないですか、だからヨーロッパの人が集まる町は物価安いでしょ」と話しました。藤田さんは「行ったことが無いんでわかんないですねー」とおっしっゃていました。

見学のはじまりと終わりはmayaLANd hotel

空港からチッチェンイッツァまではわずか10マイル、10分のバスの旅です。
お手洗い兼休憩所は、チッチェンイッツァ入り口(といっても裏側の入り口だと思うんですが)にある、mayaLANd hotelです。実は、11年前にきた時に、ここに宿泊しました。とても良いホテルでした。
入り口

ヨーロッパ系のお客さんが多いので、お客さんの着ている服、カラフルでしょ。
アメリカ人だと、黒とかグレーしか着てないけど・・・。

ホテルロビー
ホテルの入り口からは、遺跡が見えます。

見えている遺跡は、マヤの天文台です。
ここでマヤの天文学者たちは観測を続けて、正確無比なマヤのカレンダーを作成し、世界を予測したのでしょう。

ホテルはスペイン式です

ホテルはスペイン式で、内庭を取り囲むようになっており、内庭にはプールもある(はず)です。

チッチェンイッツァ遺跡

さて、遺跡ツアーの始まりです。
余談ですが私が11年前にきたときは、ツアーではなかったので、このような観光的なのははじめてです。
入り口

この入り口に入る前に、メキシカンタイムで1秒の説明がありました。チッチェンイッツァでしか売っていないという、マヤの紙に印刷した2001年のカレンダーです。結構シンプルな図柄です。マヤの一年は22日の月が16ヶ月(だったかな、違うような気もするけど・・・(^^;)で、1年分のカレンダーといっても1ヶ月分の表示があるだけだからです。
こういうお土産は、日本人とかアメリカ人は買わないんですけど。ドイツ人とかヨーロッパ人には受けるんですよねー。結構買っていました。申し込むと、名前を入れてもらえます。きっと、必要分をカラープリンターで印刷するのでしょう・・・(^^)v

入り口近くの遺跡

この遺跡は昔は無かったと思います。たしか、立ち入り禁止区域だったように覚えています。立派な復元を進めていたのですね。ガイドが持っているのは、昔の復元前の写真です。詳しいところを見ると、復元を手伝っていた人なのかなーなんて想像しました。

この遺跡は記念碑的なもののようです

ガイドの説明では、埋葬されている人が7人発見されており、記念碑的な建物のようです。ところで、写真のように、蛇が遺跡を縦に巻くように飾るのがマヤによく見られる形式です。写真の左下が蛇の頭、そして体が階段の端ということですね。

かつての白い漆喰を示すガイドさん

マヤの建造物は、表面を白い漆喰で練り固めてありました。それがだいたいは剥げ落ちているのですが、昔の漆喰が残っている場所もあります。ガイドさんはそれを示して、全体が真っ白であったことを説明していました。

次の遺跡へ

まだ、いたるところに瓦礫の山があります。昔はすべてが瓦礫の山でした。
この歩いていいるあたりは、マヤの街道跡で、昔は石造りの道が白く塗られていたそうです。月夜でも道がわかるようにとの配慮からだそうです。
マヤの街道はまっ直線に伸びており、様々な都市を全く曲がることが無い道で結んでいました。ユカタン半島には、丘も山も無いので、そうした道路が作れるわけですが、マヤの人々の方位と位置の測定技術が如何に高度であったかを示す話題でもあります。

二人用球戯場跡
上部構造物に屋根が乗ります
この建物が写真右側にもありました

両方の建物の間で球技が行われました。
この様子は、遺跡の壁画に掘り込まれていた絵からわかります。
球技の優勝者は、生贄になる特権が与えられ、来世の幸せが約束されていました。

マヤの天文台跡
丸い建物はマヤの遺跡では珍しいそうです
典型的なマヤの石作りの家
飾り、これは顔のお鼻
ちょっと写真に凝ってみました
マヤのアーチの典型的なもの

アーチの左側の石を見ると、足のような形をしている石がわかります。これがマヤのアーチの特徴で、自身のや上の部分の重さで維持されます。ですから、マヤのアーチの最上段はふさぐ石を載せるだけで、構造を支える意味はありません。ローマのアーチと原理が大きく異なるところです。
しかし、ガイドとしてこうした説明は、いいのかなあ・・・。アメリカ人なんか、面白くないみたいで、あくびしてた。私は以前にじっくり見ているので面白いのですが、はじめての人の興味は別にあると思います。繰り返し説明している人からすると、わかりきったことだから話すのがつまらないのでしょうが・・・そういうのを過適応といいます。よく専門家が素人相手にやらかす根本的な間違いですね・・・。調子に乗って全体を説明できないということです。

大球戯場跡
内部
ゴール

大遊技場では7人でゲームしました。
この球戯場は、手でパンとやると、パン、パン、パン、パンと反響します。ボールを蹴ったりした音もそのように反響したのでしょう。
ガイドの説明はここで終わりになり、20分の自由時間となりました。

ケッツァコアトル神殿

ガイドはテンプルと説明していたけど、ここでは神殿としおきました(英語ではシュラインが神殿なんですけどね)。
このピラミッドはマヤの遺跡でも最大級のひとつです。
こちらの側に観光客が多くいる理由は、階段に人がつかまるためのロープがあるからです。昔はくさりだったので、遺跡が削れていました。
余談ですが、最上段にはライトアップ用のライトが埋め込まれています。
うーん、遺跡を大切にしているか、単に観光収入のためにしているのか・・・今ひつと日本人にはぴんときませんが、これは日本人の国民性に極端を追う癖があるせいかも知れません。あ、極端というか、徹底するというか・・・(^^;

こちら側は人が少ないでしょ

安全のためのロープが無い側は人が少ないです。
見ていると、メキシコの人が多いみたい。
今でもメキシコ人の過半数はマヤ人です。先祖の偉業に感心して、後継者の誇りを楽しんでいるのかもしれませんね。

登るときはこんな感じ
上から下を見るとこんな感じ

このピラミッド、登るほうが簡単です。下を見ないからです。上から下を見た写真をご覧になると、こわー、という感じが見て取れると思います。
しかし、いずれにしても急なので、急いで登らないほうがいいと思います。
私は一気に登った結果、翌日から数日間足が痛くなってしまいました。下り坂で歩くごとに足がカクカクして困りました。

最上段の構造物
ライトアップ用のライト

夜になると、ライトアップする日があります。mayaLANd hotelに泊まっていると、夜のライトアップを見学に来れますが、飛行機やバスのツアーでは時間的に無理です。
しかし、日本人の感覚では、遺跡を傷つけてライトアップするかなーと思いますね。

上から見た戦士の神殿
戦士の神殿をまじかに見る
戦士の神殿横の円柱群の奥より

戦士の神殿の横には、奥に向かって円柱群が続いています。その奥から見るとこのようになっています。ここに、空港のような屋根がついて、夜に松明か何かで照明されていたら、さぞ荘厳なことだったでしょう。
この奥には小さな神殿があり、その置くには以下のような角型の柱があります。

戦士の神殿の奥

この四角い柱は、マヤが征服した他の民族を示しているのではないかといわれているようです。

さあ、戻るぞ!

空港で行き先別に呼ばれます
見学も終わり、mayaLANd hotelで休憩後、チッチェンイッツァ国際空港へ戻ります。空港では、行き先別に呼ばれるので、その飛行機に乗ります。
戻りはちょっと早くて40分くらいでした。
お疲れ様!


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