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第八話 北京語が話せるために危機に陥った友人
(人治主義ってこんなこと) 2001/6/22

友人の誘い、魅惑の中国旅行

今よりも若いころ・・・(^^;・・・天安門事件の丁度1年前に、10日間ほどの中国旅行をしました。当時はまだ旅行が解禁されてまもなくのころでした。ホテルを指定して、短期のビザが許可されるのです。
通常ですと、現地旅行会社に依頼してずっとガイドしてもらうのですが、私の友人が北京語(誤解が多いのですが、中国語という統一された言語はありません。ただ、標準語としてマンダリンと呼ばれる北京語があり、放送の大部分は北京語です)を学んでいまして、また、それまでに何回も中国旅行をしていましたので、彼を中心に旅行しようということになりました。厳密には、彼が私たちに声をかけてくれたのです。
参加者は4人でした。かつて同じ職場であった友人たちとの旅行、楽しいはずのものでしたし、実際にお大名旅行でしたので、楽しいものでした。
しかし、私はこの旅行の後、中国が嫌いになりました。あまりにも、いやらしい体験を多くしたからです。この旅行の前までは、私は学校で学んだとおりに中国を理解していたのです。つまり、長い歴史を誇る、近代化には遅れたけれども理想に燃えて国を立て直している発展しつつある国であると・・・。
行き先は北京市です。北京市の広さは四国とほぼ同じで、万里の長城だって北京市内にあますし、様々な有名な史跡があります。

おどろくべきイラン航空の体験

当時北京に行く便は多くなく、安いチケットでは北京経由テヘラン行きのイラン航空でした。私は、搭乗するときに驚きました。まず、成田空港のことですが、搭乗ゲートの周りが閉鎖され、荷物の再検査が行われたのです。荷物はすべて開けられました。
搭乗したとたんにぎょっとする光景を目の当たりにしました。飛行機の搭乗口にはスチュワーデス席があるわけですが、そこにふたり、ダークグリーンの軍服を着て自動機関銃を装備した兵士がいたのです・・・本当にここは成田空港なのかと目を疑いました。
もっと驚いたのは、この兵士はスチュワードの訓練を受けていたのです。飛行前に行われる非常時の説明を、彼らが行いました。軍服を着ながらスチュワーデスと同じしぐさをしたその光景のものめずらしさから、すべてを8mmビデオで撮影してしまいました・・・
そして、北京についたときの、機内から湧き上がった割れんばかりの拍手・・・ああ、アラーは偉大なりと、私も感心してしまいました。

この空港、木でできてる

このようなイラン航空の飛行機は、北京でも飛行場の端に誘導されました。そして、バスで空港に入ってみると・・・バゲッジの受け取り用コンベアが木枠で作られていました。良く見ると空港ビルも木が多用されています・・・「あ、木製の空港なのね・・・」、このときは、面白い作り方だなあと感心したのですが・・・。

すべて賄賂でなんとでもなる国だった

ホテルに入ってから友人たちと相談しました。
北京語が話せる友人の話では、海外人が宿泊する国際級のホテルで働く人間に相談すれば、いろいろと便宜を図ってもらえるそうです。ただ、便宜を図ってくれる人たちは日本語や英語は難しいとのことでした。日本語や英語に堪能な人は、外貨獲得のための国直営機関に属していて、彼らにガイドを頼んだりすると相場の5〜10倍の費用を必要とするとのことでした。
彼は、ホテルの従業員と話をつけ、一日200元(当時の中国には兌換券という、外国人専用通貨が用意されていました。この200元は兌換券の金額で、中国のひとたちが使用していた人民元の10倍の価値があるといわれてしましたし、街中で闇で個人的に交換するとそれくらいのレートでした)で、4人をガイドして移動もすべて手配してくれました。昼食も払ってくれました。他にはタクシーにも同様な交渉をしましたが、これもほぼ同水準の内容でした。
この渡したお金、ものすごく役立ちました。餅は餅屋で、依頼した彼らは適切に賄賂を渡してくれたので、見学のためにどんなに列があっても、すべてを止めて先に入らせてくれます。外国からの賓客としての取り扱いです。食事はすべて共産党幹部のためのレストランか、ロシア人が使用している高級レストランです。どのような観光地にも共産党幹部向け設備が完備していましたので、お手洗いはどこもエアータオルでした。ですから、私はうわさに聞く不衛生な中国のお手洗いを見たことがありません。どこのお手洗いも清潔で、素晴らしい香りに満ちていました。
夜も同様に手配すると、4人とガイドしてくれている人が数人とで会食して、テーブルで200元くらいでした。やはり、すべてが共産党幹部向けの施設を利用できました。なにしろ、お金持ちが自分からレストランの戸を叩いて訪れているわけです、どこも素晴らしいもてなしでした。かっこいいチャイナドレスのお姉さんが、惜しげも無くビールを、ぽぽぽぽぽん、と開けて切れ目無くサービスしてくれます。びっくりしてしまいました。横柄なホテルのサービスの比ではありません。詰まるところ、相手に合わせた対応をしているだけのことなのです。ホテルからすると日本人の客なんてどうでもいいのでした。レストランからすれば、元来は国か幹部しか得られない良い客というチャンスがきているわけですし、問題である言葉の壁はこちら側で解決していたのですから、願ったり適ったりだったのでしょう。で、彼らが知っている一番良い対応をしてくれていたのです。そう、中国のサービスは、日本の一流どころよりもいいくらいなのです。
でも、私からすると、そういい気分で入られませんでした。すべて賄賂でどうにでもなる国だということがわかってきたからです。中国を愛しつつあった友人はそれが気に入っていたみたいですが、私は逆に、不正が蔓延していそうだなあと、不安に思いました。どうにでもできる国に正義などあるはずは無いからです。

持ち上げられいい気になる日本からの使節団

このころの中国は、いろいろな使節団が中国を訪れていました。私たちが宿泊しているホテルには、そうした使節団が来ていました。
そうした使節団には、必ず歓迎の宴が開かれます。レストラン客として訪れると、たいした対応をしないホテルのレストランが、綺麗に飾りつけられて、たくさんの綺麗な服を着た人たちが集まり、夜遅くまで宴会をしていました。マイクで拡声したりもするのでちょっとは聞こえてきます。日本からきた人たちは、良い気持ちになって「日本は中国に悪いことをした、われわれがお返しします」とか空手形を話しているようでした。にこにこした中国側の人たちは「過去のことは過去のこと、未来を築きましょう」と答えていたようです。
北京語に堪能な友人は「本心の話題のはず無いじゃん、この接宴の形は形式だけだもの・・・」と話していました。そう、中国の人たちは親しくなると夜を明かしながら本音の話をするものでした。彼を見ていて、そうした夜が何回かあったからです。

お大名生活ばかりはいやだなーと庶民生活に接近してみた

こうした毎日は、やっぱり変だなあと思うこともあり、ガイドたちの誘いを断り、街中に直接出た日もありました。北京動物園に出かけて、いろいろと見ながら、買い食いをしたりしました。道端で売っている茹でたとうもろこしを買ったときに、兌換券で支払ったら、受け取った人がびっくりしていました。国民元に交換してから払えばよいのですが、日本人にとってそこまでしなくても十分に安い値段でしたので、兌換券のまま支払ったのです。
北京動物園にある食堂は、楽しいひと時でした。立ち食いなのですが、中国の庶民式外食、つまりたっぷりの白飯に中華味の具(材料に不思議なものが多く、湯葉でできたスパゲティみたいなものであったり、インゲン豆であったり日によって違うみたいですが、お店が違っても同じような感じです)をかけただけのものです。だも、味は良くて、これと現地ビールである北京牌酒とかで頂きます。北京牌酒は結構高価で4元くらいしていました。食事も同じくらいでした。でも、他の(石でできた立ち席用の)テーブルを見るとテーブルが一杯になるくらいに空き瓶を並べて楽しんでいる人もいました。当時の北京人の平均月収が200元ですので、凄い金額です。北京語に堪能な友人の説明では、「これが彼らの最大の贅沢なんだよ」と話していました。私たちが利用するようなレストランは、ここで楽しんでいる人たちには入ることすら適わない世界だったのです。

北京飯店新館で出たまずい食事と旧館の素晴らしい食事

幹部専用のレストランではない、観光客の行くレストランも使用してみました。有名な北京飯店です。新館と旧館があり、観光客は新館に案内されます。私たちは、北京語に堪能な友人のおかげで、どちらでも自由に使えたのですが、ものは試しで新館に行きました。で、驚いてしまいました。メニューが日本人用らしく、めちゃくちゃに高価だったのです。しかしせっかくなので、それでもオーダーしてみました。でも、出てきた食事はできそこない、意図的に手を抜いたとしか思えないものでした。北京動物園の食堂のほうがよほどおいしいのです。さすがにクレームをつけました。調理人は、この味で正しいのだと主張しました。そこで、代金を支払いそのまま出てしまいました。でも、友人が言うには、旧館はおいしいとのことでした。で、寄ってみて驚きました。価格は1/10くらい、お味は素晴らしいものでした。当時の旧館には、海外観光客に対する特別メニューは用意されていなかったのです。私たちが頼んだショウコウ酒は古いカメ入りのもので美味でした・・・。
観光客とはこの国にとってなんであるのか、思い知った体験でした。

北京語が話せること・・・それは中国人の社会が近づくことだった

これだけの体験をいろいろとできたのは、ひとえに北京語に堪能な友人のおかげでした。ただ、4人の中で彼だけが北京語が話せるために、彼は疲れ果ててしまいました。そこで、彼が一人で楽しめるようにと自由行動日を作りました。買い物であれば、私たちも要領がわかってきていたので心配もなくなっていたからです。
彼は意気揚揚と楽しみに出かけたのですが、落ち合う予定の時間になっても彼は帰ってきませんでした。で、皆で待っていると青い顔色をした彼が帰ってきました。街中で北京語を話しながらお店を見ていたら、突然10数人に囲まれて裏道に連れ込まれたのだそうです。「お前、俺たちの言葉がわかるな!兌換券を出せ!」、彼は持っていた兌換券をすべて巻き上げられていました。日本人には観光客を襲う犯罪者というのは考えにくいのですが、欧米では結構当たり前です。これが中国となると、襲わない理由が簡単で言葉が通じないからだったのです・・・殺してしまうと中国政府の捜査対象になってしまいますから、殺してまでお金を奪う気がなかっただけのことで、言葉が通じれば脅迫できますから、いいカモだったのでした。
結局のところ、中国政府機関、賄賂狂い、犯罪者、どれも如何に自分たちの利益が得られるかだけを考えているだけでした。満足行くように利用していたのか、しゃぶられていたのか、良くわからない旅でした。結局のところ、北京動物園のレストランで、一般の人たちと一緒にわいわいと楽しんだときが一番の思い出となった旅でした。

横柄な役人に送り出してもらった

出国時に、私は荷物をばらばらにされてしまいました。お土産に買った、当時中国で流行っていた「健康球(なに、ただの磨き上げた石の玉が2個セットになっているもので、手の上で転がしているとボケが防げるというものです)」をレントゲンで見た際に、カメラの三脚と一緒に写っていたために、迫撃砲弾に思ったらしいです。中国の迫撃砲は、丸い玉を入れるのかな・・・本当のとこはこいつ、賄賂が欲しかったみたいですが、言葉が通じない上に、私があまりに横柄で乱暴なので怒り出したために、困ってしまったようです。日本人であれば、公僕たる官憲が不当に横暴であれば「なんだ、こいつ!」と思うのは当然なのですが、中国では有り得ないことでした。まして、出国時に官憲に反抗することは、中国人にはあり得ないそうです。出国できなくなるからです。でも、日本人であり、しかも珍しい時代でしたから、乱暴にできなかったようです。今では、なにか因縁をつけられたかも知れません。こいつは、最後は、しっしっ、という合図をしたので、私は「荷物を元に戻せ、馬鹿野郎」とけんか腰になっていました。彼も日本人にもいろいろいることがわかったでしょう。

いい旅だったけど・・・

この国への旅の思いでは、事実だけを辿ればお大名旅行で素晴らしい内容でした。本心から楽しいものでした。でも、体験した事柄の多くから、日本人が抱いている中国観はただの作り話であると思うようになりました。外観は似ているけど、異世界の人たちでした。
その翌年、天安門事件をテレビで見ながら、やっぱりこういう国だよなと思いましたし、昨今、中国の実態が露呈するような事件が多発しているように感じます。

PS

中国語に堪能だった友人は、これを最後に中国には旅行しなくなり、また、中国関係の仕事は遠ざけるようになりました。
また、同行していたもう一人の友人は、この数年後に香港上海銀行の情報システム部に行きました(更に後日談になりますが、日本人スタッフがもっと欲しいと、香港に彼から誘われたりもしました)。香港上海銀行は、イギリス資本系銀行で、香港で中国銀行と渡り合っている自由世界系銀行です・・・でも香港返還時には、マンダリン(北京語)を勉強しようかなーと彼も言っていました。
もう一人の友人は、一時期大病を患い、大変でしたが、この体験とは関係ありません・・・

PS2

上海出身で日本に働きに来ている人と話していたら、こんな展開になりました。

「かるばどすさん、天安門事件て日本の人はみんな知っているんですか?」
「よく知ってると思いますよ、テレビでも毎日中継したり放送したりしていたし」
「実は上海ではほとんど報道されていなかったんで、知らなかったんですよ」
「凄かったですよ、天安門広場の武装していない学生たちに軍用車が突っ込んでいったり、戦車の列の前に学生が飛び出したり・・・」
「見たんですか、テレビで?」
「うん、世界中の人が見たと思うけど・・・」
「・・・」
「しようが無いじゃないの、教育も報道も政府の管理下なんだから・・・戦争中の日本みたいだけど・・・」
「日本に来てから、日本て自由な国だと感じることが多いんです・・・日本はぜんぜん違う国、中国とは比較できない・・・」


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